丸井が教室に行くと日向は大人しく待っていた。
「行くぞ」と丸井が言うと日向はこくりと頷き、てこてこついて行く。無論、お雪も後ろにいるが、丸井にはまだ見えていない。
2人(3人?)の間は無言だった。
丸井は可笑しいと思っている。
学校外で2人になれば裏が出るのではないかと思っていた。だがまるで逆だ。真剣な顔つきで、丸井について行くだけだった。
「(何か調子狂うっつーか…)」
今まで少し信用したことがある女は多少いた。
だがいざ2人きりになるとペラペラどうでもいいことを話しまくる。終いには自分への理想像を語り出し、身体の関係だけでも持とうとする。
「(げぇ…思い出すだけで気持ちわりぃ)」
無理矢理キスされて、自分で脱ぎだした時は流石に逃げたらしい。
汚れのない白い肌をした日向をちらりと見て、丸井はそんなことを考えていた。ぷくりと浮かぶ桜色の唇に思わず目を奪われる。
「…どうしました?」
「っ…な、何でもねぇ!!」
横顔しか見えなかった彼女が急に正面になって、丸井は不覚にも顔に熱が込み上げてきた。
「(何考えてんだよ俺は!コイツは嫌いな奴!)」
ふんっと息を吐き出し、再び無言で歩き出した。
家に着くまで丸井がこんな不毛なことを考えていたことは日向は知る由もない。
*
丸井の家に着くと日向の顔が強張る。
空気が違う。
お雪の力も保ちそうに無く、苦しそうだった。強大な力が妖怪をも苦しめる。
「丸井くん、弟さんは」
「あ、あぁ…こっちだ」
両親は2人共おらず、一番下の弟は今は友人の家にいる。
部屋に入ると蒼太はベッドに横たわっていた。
日に日に生命力を失っていく蒼太。今見た段階ではもう死んでしまいそうだった。彼はお雪の力で生きているのがやっとの状態。
「蒼太…!おい!しっかりしろよ!」
丸井の声にも蒼太は目をうっすら開けて、ただ笑うだけ。それは弱く、力無い。
「なぁ、頼むよ!こいつを助けてやってくれよ!」
いつもの強気な丸井はここにはなく、今にも泣き出しそうであった。
「…お雪ちゃん。丸井くんを守護して。今からは危ない」
「"…かしこまりました。ご主人様"」
「なっ…!?誰だこいつ!?」
お雪の雪が丸井の周りを囲む。
姿を見えるようにしたため、いきなり現れたお雪に丸井は驚いた。
「何があっても絶対にお雪ちゃんから離れてはいけません。お雪ちゃんも丸井くんを守護することだけに集中して」
強く、日向はそう言い放った。その目は本気で丸井は自然と頷いていまう。お雪は心配そうな瞳をしていた。それでも主人の言うことは絶対だ。普段、命令などしない日向の数少ない命令なら、お雪は必ずそれを守る。
「今から蒼太くんの中にいるモノに会います」
蒼太の胸の前で両手を翳(カザ)す。集中して、力を込める。
するとぶわっと風が吹き、丸井は目を閉じる。
ふっと目を開けると、辺りは闇に包まれていた。
何もない、どこに行っても行き止まりなどないくらい広い広い闇。
丸井は驚きと恐怖でその場で固まってしまう。
「"ここは、?"」
「蒼太くんを苦しめるモノと会える場所だよ」
闇の中では声がよく響く。日向はいつになく真剣だ。オドオドしている彼女は今は何処にもいない。
「…でも、厄介なモノを連れて来てしまったみたい…」
目の前にぐるぐると黒い渦が現れる。奥は見えない、深い深い渦。
「魔物、なんて…」