ジャッカルに弟のことを軽く言ってみた。
アバウトに言ったから多分バレてないと思う。
でもそしたら「日向に言ってみれば」とか言われた。
…日向ってあの女だろ?みんなしてあいつかよ。何であんな奴に相談しないといけないんだよ!
…分かってる。分かってるよ。あいつにしか弟は助けられない。
女に、しかもさっき嫌いだとか言った奴に今更相談するのは気が引けるし、嫌だけど…これは弟を助けるためだ。
俺はそいつのクラスに行き、辺りを見渡し、いるかいないか確認する。
そいつは友達に囲まれて、にこにこと温かい笑顔を浮かべていた。…何だよ、俺の時とは大違いじゃん。
「おい陰野日向。ちょっといいか」
俺は目の前まで行き、何となく強めにそいつに言った。陰野日向は俺を見ると、怯えるように瞳を揺らす。どうして俺をそんな風に見るんだよ。俺は人気だし、みんなの憧れなんだよ。意味分かんねえ。
「日向…」
「…大丈夫だよ。ちょっと行ってくるね」
女は友達にそう言うと俺の方を向き「行きましょうか」と小さく呟いた。何でかなぁ…イライラする。
人通りの少ない廊下に陰野を引っ張って、俺は壁に押し付ける。端から見れば襲っているみたいだが、別に違うからな。
「なぁ、お前なら弟を助けられるんだろ?」
「っ、弟…?」
陰野は痛さを抑え、恐る恐る俺を見上げる。
至近距離で上目遣いをされたことに少しだけドキッとした。だがこれは気のせいだ。
「…俺の弟が、何かお化けに狙われてるとかで…こういうのってお前が詳しいんだろ?」
「…あのっ、弟さんの名前は、何て言いますか…?」
陰野は急に身を乗り出して、慌てたようにそう聞いていた。別に答えない理由もないし、俺は名前を教えてやる。
「蒼太、だけど」
「!そうですか…」
今度は急に大人しくなる。こいつはよく分からない。
「なぁ、弟を助けてくれねぇか。俺はお前に嫌いって言った。それを取り消すつもりはねぇ。我が儘だけど、弟は助けてくれ。頼む」
こんなんで引き受けてくれる奴っているのか。俺にもプライドがある。でも弟とプライドは別だ。
…でもこんなんじゃ断られるんじゃねぇかな、とか思う。俺は素直じゃない。よく言われることだ。
「わかりました」
「…えっ、?」
「あの、弟さんに会わせて頂けますか?出来れば早めに…」
断られると思っていたから驚いて変な声が自分から出た。…何で引き受けてんだよ。いや、頼んだくせに何言ってんだよって感じだけど…
狙ってんのか…?
まぁ、いいか。引き受けてくれたことに良い悪いもねぇ。
「…じゃあ今日帰り教室で待ってろ。勘違いするなよ。弟のためだからな」
「わかっています」
陰野は案外あっさりしていた。俺に一礼すると、教室へと戻って行った。
断ったら断ったでムカつくけど、引き受けてくれたら引き受けてくれたでまたムカつく。
あああ゙ー!!
マジで意味分かんねえ!むしゃくしゃする!
もうあの女のことを考えるのは止めだ!
テニスしてくっか!
*
「お雪ちゃん、いるんでしょう?出ておいで」
また一方で人気のない所で日向は小さく呟いた。
「"…どうしたの?日向ちゃん"」
ヒュウッと吹雪と共に現れた、お雪はどこか悲しげである。
「私ね今日、蒼太くんに会う」
「"えっ…?"」
「お雪ちゃん、私が嫌いって言われるの聞いてたんだよね。だから言わなかった。蒼太くんはその人の弟だから」
実はお雪はあの時の会話を聞いていた。そして蒼太は丸井の弟だということも分かった。助けを求めたい、けど、日向が悲しむのは見たくない。1人でずっと苦しんで、葛藤を繰り返していた。
「私は助けるよ。だってお雪ちゃんの大切な人でしょう?誰の弟とか関係ない」
「"いいの…?"」
「当たり前だよ。もう、何で早く言ってくれなかったの〜?」
泣きそうなお雪を日向はコツンと突く。それにお雪はぶわっと泣いてしまった。ぎゅっと日向に抱き付く様子はまるで娘のよう。
「"うぅ、ありがとう…私、ずっと言えなくて…"」
「…もっと私を頼ってよ。私はいつでもみんなの味方なんだよ?みんなのために何かしたいの」
日向が沢山の人間や妖怪に好かれることがよく分かった気がした。彼女は誰よりも優しい。
「お雪ちゃんも一緒に行く?蒼太くんのこと心配だよね」
「"行くっ!"」
「よし。じゃあ帰りまで待っててね」