「ていうか!」
授業を全て終え、身支度をしている日向の元に明るい調子の声がかかる。
「どうしたの?さつきちゃん、絢音ちゃん」
ニヤニヤと怪しい笑みの吉田と、「その顔キモイわよ」と呆れ顔の柴崎が日向へと近付く。日向は不思議そうにキョトンと何とも可愛らしい表情をしていた。
「朝見てたけど、切原くんと仲良くなったんだねー!良かった!」
「えっ、!み、見てたの…?どの辺りから?」
「始めからよ。切原くんったら日向を見つけた途端、嬉しそうに走り出してたわ」
からかう2人に日向は焦ったように、あわあわとしている。それをまた吉田と柴崎は不思議に見る。
「ご、ごめんね!私なんかが切原くんとっ、その…抱き合ったりして!えっと、私っ」
どうやらファンクラブについて心配をしているらしく、お咎めを喰らうのではないかと、ハラハラしている様子。そんな日向の心中を理解した2人は、顔を合わせて笑い出した。
「あはは!そんなん気にしなくて良いって!何言っちゃってんのー!」
「…へ?」
「日向なら大歓迎よね。だからファンクラブとか気にしないで、仲良くしていいのよ」
ポカンとする日向を吉田はぎゅっと抱き締め、柴崎はよしよしと撫でる。今更ながら2人の日向への愛だってテニス部に負けてはいない。
「私は日向の方が心配だわ〜…こんな可愛らしい子があんな連中に食べられちゃったりしたらどうしようって」
「うわっ、出たよ。絢音はそういうことしか言わないんだから〜」
「ちょっと、人を変態みたいに言わないで」
本当にテニス部ファンクラブの会長、副会長なのかと言いたい発言だ。彼女達もまた謎だ。
「そうだ。私達、今からテニスコートにテニス部見に行くけど、日向はどうする?」
柴崎はそう言うが、実は日向は部活に一度も見に行ったことがない。「来るなら言ってね」と幸村に言われているが、日向は何故か行かない。(個人的に幸村のテニスを見たことはあるが)
「ううん。私は大丈夫。誘ってくれてありがとう」
家が忙しいのもあるが、何よりあの女子の大群に入っていくのが恐ろしい。
「あぁ…やっぱりあんたいい子すぎる。可愛いわ」
「はいはい知ってるから!絢音はバカだな。んじゃ、またね日向!」
誰がバカですってと怒る柴崎とそれをヘラヘラ受け流す吉田と別れた日向は鞄を持って帰路を目指した。
テニスコートをちらりと目に入れて、歩みを進める。
「"日向ちゃーん"」
「ん?あ、お雪ちゃん!」
突然響く幼い声に日向は驚くことなく、視線を上に向ける。
白い浴衣にピンクの帯、水色の髪は長く、ユラユラ腰あたりで揺れていた。年は小学生低学年くらいに見える。
彼女はお雪。雪女から生まれた娘で日向を守護している妖怪だ。
「こんな時間にどうしたの?珍しいね」
にこりと笑ってお雪を見る日向は優しい顔をしていた。お雪を肩に乗せ、まるで親のよう。
「"あのね、私ね!私ね!好きな人が出来ちゃったの!"」
可愛らしく笑うお雪は恋する女の子のようで、キラキラしている。
一方の日向は真っ赤になって、口をパクパクさせている。
「えぇぇぇ!いつ?誰に?ど、どんな子?こ、恋って…!」
「"日向ちゃんってば恋くらいで騒がないのー!"」
もうどっちが大人か分からない。お雪は"見えない人に怪しまれるよ"とシーっと人差し指をたてる。
「"えっとね、赤い髪の男の子なの。私のこと見えてて、気味悪がらずにね遊ぼって言ってくれて…"」
ほんのりと白い頬をピンクに染め、それは嬉しそうに話していた。その姿は微笑ましい。
「そっかぁ。良かったね。私、お雪ちゃんに協力するから何でも言ってね」
「"本当に?ありがとう!ダメって言われたらどうしようかと思って…"」
「言わないよ。お雪ちゃんがしたいことをすればいいんだよ。私はそれに協力するのが当たり前」
日向は彼女を縛らない。玩具のように妖怪を扱う者もいるが、日向は彼等の気持ちを尊重する。なので妖怪達は日向を慕う。
「じゃあ帰ってゆっくりお話しよっか」
「"うん!日向ちゃん大好き!"」
お雪の冷たい手を日向は握り締め、2人は笑い合う。