ドカッ、ズサー



「…!」



解放された重みはそんな効果音と同時のことだった。



「日向先輩!!」



苦しそうに歪められた顔をした彼は息を切らして日向の元へと駆け寄った。乱れた日向の姿を見て、彼の瞳は徐々に赤みを増していく。







「切原くん…!」



日向が名前を呼ぶと、真っ赤に充血した瞳の切原は自分の着ていたブレザーのジャケットをふわっと肩に掛けてやる。



「な、何だよ切原赤也!!てめぇ…!邪魔しやがって!!俺と日向ちゃんは愛し合ってるんだ!彼女から離れろ!彼女は俺のものだ!!だから…!?」
「ふざけんじゃねぇよ!!日向先輩によくも…!潰す!あんた潰す!」


ガッと羽賀の胸倉を掴み、切原は辺り構わず怒鳴り散らす。充血した瞳を初めて見た羽賀は悲鳴を上げ、真っ青に顔を染めた。悪魔のような切原に羽賀はガクガク震えだし、先ほどとは逆の立場となる。



「ヒャーハハッ!あんたを赤く染めてやるよ!!」
「う、うわぁぁ!!」


ペロリと舌を舐め、拳を一気に振り上げる切原。テニス部で鍛えた彼の拳は相当痛いだろう。サッカー部の練習など、天と地の差。羽賀は情けない声を出し、涙をただボロボロ流す。





「止めて…!」



ピタリ。
切原の拳は彼の顔面を直撃する寸前で止められる。



「切原くん…止めて…殴ったら、その人と同じになっちゃう…」
「日向、先輩…」



目の充血は段々と引いていき、いつもの明るく優しい切原の目になっていた。
どうしてだ?という瞳で見つめる切原の手を日向は握り締める。強く、でも優しく。



「ハハ…ハハハハハハ!やっぱり君は俺の味方なんだね!やっぱり愛し合っていたんだね!ねぇ、日向ちゃん」



日向へと伸びる手に彼女はピクリと肩を揺らした。そんな彼女を見て、切原はその手をガシリと掴み、睨みを効かせる。



「お前のことは校長に話す。あと幸村部長と真田副部長にも。失せろ。日向先輩の前に二度と現れるな。もし現れたら今度は本気で潰すよ?」
「…っ!くそっ!」



羽賀は狂った顔を悔しそうにし、滑稽な形で去っていった。








2人になった日向と切原。切原は横目に日向を見ると、「大丈夫ですか」と遠慮がちに尋ねる。



「…うん。ありがとう、切原くん。ごめんね…怪我してない?」


大丈夫じゃあないくせに自分より他人の心配をする。幸村の言っていた通りだ。



「俺は大丈夫です。でも日向先輩は大丈夫じゃありません」
「…大丈夫だよ?私は全然平気。だってもっと怖いものいっぱい見てるもん。だから、」
「っ…大丈夫じゃありません!!」



キーンと耳に響いた。続かなくなる日向の言葉。切原はハァハァと乱した息を整える。



「幽霊とかオカルト的なのは対応出来るし、先輩も自分を守れます…けど、生身の!あんな気持ち悪い男には何も抵抗出来ません!実際っ!先輩は押し倒されて、襲われそうになって…!」



日向より切原の方が泣きそうだった。感情に任せて話し続け、切原はもう何を言いたいのかなんて分からない。切原の言葉が止まると、日向の真っ赤な瞳とブラウンの瞳は弱々しく、へなりと細められた。泣きそうな笑顔だった。



「本当は…凄く…怖かった…切原くんが来てくれて、本当に良かった…ふふ、本当…私って弱虫だね…」



無理に作った彼女の笑顔が儚く、愛おしく感じた切原はゆっくり近付いて、怖がらせないようにぎゅうと抱き締める。

温かい体温に日向の目からは自然と雫が零れ落ちていた。



「無事で、良かったッス…本当に…心配したんスよ…?うぅ…俺、先輩といたいッス…だから、関わっちゃダメとか言わないで下さいっ…!」
「切原、くん…」


慰めているのはもうどちらか分からなくなっていて、2人して馬鹿みたいにギャーギャーと泣いていた。…ギャーギャー泣いていたのは切原だが。



「もっと…もっと頼って下さい…幽霊とかは先輩専門だけど…でもこういうことは俺が先輩を守ります…!だから一緒にいて下さい!」



幼い子供のように泣き喚いた切原の顔は涙でもうボロボロである。



「私、お話下手だし楽しくないよ…?」
「いいんです!」
「いっぱい傷付けちゃうかもしれないよ…?」
「大丈夫ッス!」
「…弱虫で…可愛くないし…鬱陶しいかもしれないよ…?」
「先輩は強いし可愛いし鬱陶しくもありません!」



ハッキリそう言う切原に涙の痕がくっきり残った日向の目が柔らかく笑う。ハの字になる眉はへにゃりとしていて弱々しかった。



「私、も…一緒に、いたい…!切原くんといっぱい笑いたい…!傷付けること言ってごめんね…」


日向は切原にぎゅっと抱き付いた。
それは初めてのことで切原は顔を真っ赤にしつつ、日向をしっかり受け止めた。



「日向先輩。俺、先輩といっぱいいっぱい話して、仲良くなりたいッス!」



頬を染め、ニカッと笑う切原はいつもの元気な笑顔の切原赤也だった。




(神様、私が誰かと一緒にいることをどうか許して下さい。これからは遠慮したくなんかありません。どうか、どうか、化け物の私にも居場所を作る権利を与えて下さい)


彼女は天に向かってそう願った。


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