「(…私は、何て酷いことを言ってしまったのだろう…)」
クシャリ。手の中に存在していた紙を力強く握り締めた。しわしわになった紙はへなりとしおれてしまう。
「(切原くん、とても悲しい顔だった。私は…彼の笑顔が好きなのに…)」
足取りはフラフラしていて、彼女は今にも倒れてしまいそうだ。
「私、最低だよ…」
ポツリと呟いた言葉は空気にふわふわ消えていく気がした。
ところで、日向が今何処に向かっているのかといえば、体育館裏である。握っている紙は下駄箱に入っていた手紙だ。
『今日の放課後、体育館裏に来て下さい。待ってます』
手紙にはそう書いてあった。送り主は書いていないので行くまで確定出来ない。
「誰なんだろう…?」
自分を呼び出す相手なんて全く検討がつかない。吉田と柴崎にはかなり心配されたが、大丈夫と一言だけ言っておいた所、何とか引き下がってくれた。
疑うことを知らないらしい日向はてこてこと体育館裏まで辿り着いてしまう。
ゆっくり近付くと、そこには1人、男が立っていた。
「…あぁ、待ってたよ。日向ちゃん」
「えっと、?」
「名前書いてなくてごめんね。俺、隣のクラスの羽賀泰司って言うんだけど」
茶色い髪が風にサラサラ靡く。容姿はなかなか整っていて、爽やかな印象が強い。テニス部には劣るが、彼もそれなりに人気が高いらしい。
「は、はい…」
しかし彼のことを知らない日向からしてみれば、名前で呼ばれることが少し気になる。
「来てくれて嬉しいよ。俺のこと知ってる?サッカー部なんだけど、」
ペラペラと聞いてもいないことを話し始める羽賀に日向は少し怖くなった。何故だか、よく分からない。
「あ、の…用件は、一体何でしょうか…?」
早くこの場から離れて、早くこの空気から逃げたい彼女は呼び出した理由を聞き出す。一旦静止した羽賀だったが、にこりと不気味に笑い、日向へと向き合った。
「俺、ずっと君のことが好きだったんだ。俺と付き合ってくれない?」
彼の言葉は妙に重みがあり、ずっしりとどこか可笑しな感じがした。日向は一瞬身震いする。
「あっ…えっと…ごめん、なさい。私、貴方とはお付き合い、出来ません…」
怯えながら、日向はなるべく丁寧に断りを入れる。ちらりと相手の顔色を窺いながら、もう一度謝る。
「…お、お気持ちは、とても嬉しいです。私なんかに、好意を寄せて頂いてありがとうございます。でも…私…ごめんなさい」
このまま去ってしまおう。日向はそう思い、頭を下げ、くるりと来た道を戻ろうとした。
「……どうして」
ボソッと聞こえた低い声と共に腕をパシッと強く掴まれる。
ぐいっと引かれた腕により日向はまた羽賀の前に戻される。
「好きな人がいるの?幸村?柳?真田?柳生?切原?最近テニス部とよくいるよね?」
「えっ…?」
「幸村…幸村でしょ!あいつが君を縛って離さないんでしょ!?だから俺の告白を断った!」
「ち、ちがっ…」
「無理矢理一緒にいるんだよね!いつもいつもベタベタされて本当は嫌なんだろ!?あいつさえ、テニス部さえいなければ俺と一緒になれるんだよね!!君と俺の邪魔する奴は消してあげるよ!!俺は君のことが好きだ好きだ好きだ好きだ!!愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる!!」
「いやっ…!」
羽賀の目は瞳孔が開くくらいまで、バチっと開かれており、それは狂気に満ち溢れていた。
怖い。
日向はただそう思う。恐怖のあまり、動くことは出来ない。動けない日向を良いことに、羽賀は地面へ彼女を押し倒す。突然の痛みに日向は顔を歪めた。
「日向ちゃんのことは何でも知ってる!!昨日の夕食はハンバーグだった!巫女の服の下は白いレースの下着。今日は少し寝坊したから朝御飯は食べてない。幸村からパン貰ってたよね、ムカつくなぁ。それで今日の下着は、」
「い、やぁっ…」
制服のボタンをブチブチと乱雑に外すと、にやりと気持ちの悪い顔が見えた。日向は「ヒィ…」と悲鳴を漏らす。
「水玉のレース。正解だね。可愛い可愛い君にはピッタリだよ…」
手を中に侵入させ、日向の膨らみを優しい手付きで触る。それは鳥肌が立つほど気持ちが悪い。
「部屋は君の可愛い写真だらけだよ。制服、体操着、私服、下着姿…沢山ある」
「ん、やっ…いや…!」
「可愛い可愛い日向ちゃん…早く俺のものになりなよ。たっぷり可愛がってあげる。着てほしい服もいっぱいあるんだぁ…ねぇ、眼帯の目も見せてよ」
涙を流す彼女の目をスッと撫でながら、眼帯に手をかける。その手が眼帯を取ろうとしていることに気が付いた日向は頑なに拒む。
しかし男の力に適うはずもなく、瞳から眼帯が外された時、全身の力が抜けた日向は小さく声に出した。
「助けて」