「な、何でお前と赤也を2人にしなくちゃいけねぇんだ…」
「ブン太」


幸村は日向に突っかかる丸井の言葉を冷静に遮る。そして一度、日向に視線を向けると切原以外を連れ、部室の外へと出て行った。





パタンと扉が閉まる音がやけに耳に残る

残された日向は震える切原にゆっくり近付き、ぎゅっと手を握り込んだ。



「…大丈夫だよ。もういないよ。私と君しかいない」
「…っ!」



手をひっぱたくことだって振り払うことだって出来たはず。だが、切原にはそれが出来なかった。優しくて安心する彼女の声と温もりに頼ることしか出来なかった。


「何なん、だよ…何で、俺のこと、助けてんだよ…俺は、あんたに酷いこと言ったんだぞ…意味分かんねえよ…」


切原が出したとは思えないくらいか細い声で、彼は日向の手を無意識にぎゅうっと握り返す。



「切原くんはとっても人気者。君がいなくなってしまったら沢山の人が悲しむ」



眉をくにゃりと下げ、日向は笑っているのか悲しいのか分からない表情をした。



「大切な友達がみんな悲しむ。幸村くん達もそう。私は友達が悲しむのは見たくないよ。切原くんが悲しむのも、」



へにゃりと朗らかに笑ってみせる日向に、切原の大きな瞳からうるりと涙が溢れ出てきそうになる。



「…っく、!本当、意味、分かんねえ、よ…」


ボロボロと大粒の涙が切原の目流れ出した。どうしたら良いか分からない日向は焦ったように切原の頭をそっと撫でる。と、切原は彼女に抱き付き、しまいにはワンワン泣き始めてしまった。



「ぅ、っ…何でっ、俺の所為で、怪我、してんだよ…!自分がいなくなったら、どうするつもり、なんだよ!」
「…ごめんね」


腕の中で泣く切原を撫でながら、日向は「でも」とポツリ呟く。



「(私がいなくなったて、悲しむ人なんていないよ、きっと)」



そんな想いを胸にしまい込み、泣き喚く切原を見つめることしか出来ない自分に「バカ」と心で嘆いた。















「落ち着いた…?」
「はい…」


涙を拭き取り、赤い顔を隠そうとする切原は手で顔を覆う。



「切原くん。あの、これ、貰ってほしい」



遠慮がちに差し出す中身を切原は手の隙間から覗いてみた。



「御守りッスか…?」


言葉遣いが変わっていることに日向は不思議に思いながらも、御守りを渡す。


「切原君はとっても純粋な人だからちょっと憑かれやすいと思う。だから貰ってほしい。これがあれば大丈夫だと思うから…」


こればかりは嫌と言われても引き下がれることではない。切原の様子を窺い、躊躇しながらもそれを手に握らせた。


「……あ、ありがとう、ございます…」


手の平に置かれた御守りをしばらく、じいっと見つめて、やがて俯きながらだがそう言った。拒絶されるかもしれないと思っていた日向は少々驚いていたが、受け取ってくれたのでホッと胸を撫で下ろす。



「あの、」



ポケットに御守りを乱暴に詰め、切原は日向へと向き合う。それは真剣そのものである。



「俺っ、!本当にすみませんでした!」



切原はバッと勢いよく頭を下げる。


「女なんてみんなミーハーで、一緒だって思ってて…、でも先輩は違うって分かって…!傷付けること、いっぱい言ってすみませんでした!」


途切れ途切れで、でも必死に言葉を発する切原に日向は黙って聞いていた。


「化けもんみたいって言って…先輩はすげー傷付いてました。俺っ、本当に…すんません…」


また泣き出しそうに顔を歪めてしまう切原にやんわり微笑み目線を合わせ、しゃがみ込む。


「謝ることじゃないよ。私の目、真っ赤で本当に化け物みたいだから…」
「違います!そんなこと言ったら俺だって化けもんッス!」
「えっ、?」
「俺、カッとなって頭に血が上ると目が充血して真っ赤になるんスよ!」


切原は場の空気を明るくしようと、わざとおどけた調子でカラカラ笑っていた。暗い雰囲気の日向を元気付けてあげようとしてる切原は優しいんだと感じる。



「ふふっ…それは、ちょっと違うんじゃないかなあ、?」


そんな愛らしい切原を見て、クスクスと小さく笑い声を漏らす日向。


「えっ、あ、ぅ…そ、そうッスか?」


初めて自分に、自分だけに向けられた彼女の可憐な笑みに、思わず頬に熱が集まる。




「あ、あのっ!日向先輩って呼んでもいいッスか?」
「えっ、あ、うん」
「よっしゃー!日向先輩、俺、先輩と仲良くしたいッス!よろしくお願いします!」
「えっ、う、うん?」



切原は日向の手を握り締めブンブンと振り回す。日向はただ頷いて、されるがままでいるしかなかった。








(私と仲良くしても、いいことなんて何もないよ?)


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