先ほど非常に良い笑顔で精市が弦一郎を殴っている所を目撃してしまった。

俺を見つけると無言の笑みで此方へやって来て「柳は特別に許してあげる」と物凄い力で肩を握ってきた時は流石に恐怖であった。俺は弦一郎のようにならなくて本当に、本当に良かったと思う。

精市がここまで機嫌が悪くなる理由は言わなくても分かる。

彼女、陰野日向のことである可能性は99%。

精市は彼女を溺愛している。時々毒を吐いたりするが彼女が可愛くて仕方がないということは明々白々。一見彼女が精市に依存しているように思われるが意外にもこれが逆である。



彼女は面白い。



…余談はこれくらいにしておこう。

今は俺の中で興味深いNo.1の張本人、陰野日向と共にいる。精市にバレてしまえば俺は生きて帰れないかもしれない。…少し大袈裟か。といっても図書室の本の整理を手伝ってもらっているだけ。教師に頼まれた途端にクラスの女子が我や我やと騒ぐもので、偶々近くにいた彼女に頼んだというわけである。



「あ、あのっ、柳くん…わ、私何か付いていますか?見られると、や、やりにくいというか…」
「あぁ、すまない。よく働くなと思ってな」
「ええぇ…!そ、それは手伝って柳君が言ったから…」


どうやら彼女を見過ぎていたらしく、あたふた慌てふためく彼女は何だか小動物のようだった。俺にも少し慣れてくれたようで、よく笑ってくれる。これだけなのだが何故だか俺は嬉しい。


「悪いな。手を煩わせてしまって。元々、用などなかっただろう」
「大丈夫です。暇ですし、柳くんには色々とお世話になりましたから…」


手にある本を棚に入れる彼女は微笑し、そう言い張る。客観的に見て感じたのだが、彼女と本はよく似合っている。雰囲気が醸し出す何かが俺を酷く安心させる。他の女子とは違う、何かが彼女にはある。
ミーハーではないことは明らかだが、もっと違う何か。…説明は難しいようだ。



「(…落ち着くな)」



そう。彼女といると落ち着く。
これがぴったりだろう。
整理を続ける彼女を見て、自然と笑みが零れてきた。


「日向」


呼び掛けに応じるように彼女は此方へ振り向いた。それと同時に高い位置に入れようとしていた本と共にぐらりと身体が揺れる。


「無茶をするな。それはお前では入れられないぞ」
「あ、…すみません」


肩を支えてやると思いのほか小さくて、少々驚く。柔らかな感触と彼女独特の爽やかな香り。女なんだと改めて感じる。こんな小さな身体であんなに恐ろしいものを相手にしていたという事実は嘘のように思える。



「や、なぎ、くん…?」



可愛らしく頬を染め上げる彼女に自分がどれだけ近かったか認識した。此方まで赤くなりそうなので、素早く離れ、彼女が持っていた本を入れてやる。



「柳くん、ありがとう」



へにゃりという効果音が一番合うであろう、そんな笑顔を見せてくれた。ただ礼を言われただけなのだが、こうも胸に響くものは初めてだ。精市が溺愛をしてしまう気持ちが分かってしまった自分がいる。



「あっ…そうだ。あのね、柳くん、これ…」


初めての感情と葛藤する最中、彼女はポケットをゴソゴソ探る。何かと思っていたら、彼女の手には御守りが握られていた。


「私の、力、みたいなものが入ってる御守りなんだけど…良かったら、どうぞ」
「俺に、か?」
「はい。柳くんに」


俺のことを心配してくれているのか、と考えたら嬉しい。今日は嬉しいという想いが多いな。緩む口元を隠しつつ、ゆっくりとそれを受け取ると、彼女は花が咲いたように笑った。可愛いと感じた俺は頭をなるべく優しく撫でてやる。彼女は頭を撫でると気持ちそうに目を細める。どうやらこの行為が好きらしい。データに加えておこう。


「有り難く貰っておこう。礼を言うぞ、日向」
「いえ。柳くんは大切な、お友達、です。出来るだけ守りたいです」


友達と彼女が言ってくれただけでも少し信頼をして貰えたのかと思う。一歩前進だ。


「心強いが守られてばかりは性に合わない。何かあったら精市だけでなく俺も頼ってくれると嬉しい」
「えっ、?」
「俺もお前のことを少しは理解しているつもりだ。頼りにならないかもしれない。が、話くらいなら聞ける」


精市とは違って出会いも浅い。信頼も薄い。知り合ったばかりで何を言っているんだと思うかもしれないが、俺は少しだけでも頼ってほしいと思う。
彼女の白い頬に手を添え、片方だけの大きな瞳を見る。もう片方は確か赤かったか。



「…ありがとうございます。嬉しいです。会ったばかりの私に、そんなことを言ってくれて」


ほんのりピンク色の頬は俺の心臓をどくりと跳ね上げさせた。



「じゃあ相談があったら柳くんに言ってみようかな。柳くん、凄く頼りになりますし」



先ほどとはまた違う笑みで彼女は笑う。

俺のデータには彼女は人形のように無表情だと書いてある、がどうやら間違いのようだ。




訂正しよう。




『笑顔がよく似合う、可愛らしい奴』だと。


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