はぁ、と息を吐けば白い煙が現れる寒い寒い季節。立海大附属の指定であるチェックのマフラーを口元まで被せる日向は憂鬱そうにフラリと歩みを進める。中に着ている灰色のカーディガンから見える白い指は、スクールバックを弱く握っている。
「(どうしよう…)」
彼女は悩んでいた。
理由は言わずとも分かるだろう。
昨日、テニス部の部室での怪奇を解決したは良いが、逃げ出してしまったこと。確実に向こうが悪い気がするが、日向の気にしているところはそこではない。眼帯を付けていた、真っ赤な瞳を見られてしまった、ただそのことだけで頭がいっぱいである。
実は日向、この目のことをジャッカルには怪我だと言っていた。無論、真田や柳は瞳のことさえ知らなかったが、見られたことに変わりはない。
「(…謝らないと。でも、怖い、すごく怖いよ)」
拒絶されたら、と日向の中にはどんどんマイナスの考えが流れてくる。何故、祓えることには否定はあったもののやってのけたが、真っ赤な瞳にはここまで怯えるのか、それは誰にも分からない。
「あっ、!」
目の前に黒いスキンヘッドを見つけた。見間違えるはずもなく、大切な彼女の友人のジャッカルだ。
「(謝らなきゃ…!)」
だが、黒いソックスから伸びる日向の白く、か細い足は、後ろへ一歩、また一歩と後退りを始めていた。
「(何でっ、動いてよ、私の足!行きたい場所はそっちじゃない!)」
思考では分かっているが、身体は変わらずジャッカルから遠ざかっている。そして、ジャッカルが日向の視界から消え去ろうとしていた。
「私の、弱虫っ…」
俯き、わざと視界にジャッカルを入れないよう、日向は小さく呟いた。
「諦めるとか、俺は絶対許さないから」
「っ、幸村くん…?」
日向の背中に手を当てるのは、やはり幸村精市だ。彼女が立ち止まると、必ず彼が助けてくれる。いつもいつもそう。
「相手も自分も信じなきゃダメ。大丈夫だよ。日向なら大丈夫」
やんわり微笑む幸村は優しい優しい顔をしていた。安心を与えるような、優しい顔。ポンと日向の背中を押すと彼女の足は数歩前に出た。
くるり振り向いた日向は幸村を遠慮がちに見ると、安心したらしく、ふわりとどことなく笑った。
「ありがとう、幸村君」
スクールバックを強く握り直し、小走りでジャッカルの元へと急いだ。幸村は彼女の後ろ姿を見つめ、片手で自分の口元を覆う。
「…いきなりああいうことするの本当に止めてよね。反則だから」