「はぁ、はぁ、」
何も言わず、逃げ出してしまった。
真田、柳、ジャッカルがあんなん心配してくれたのに、逃げ出した。最低だ。と彼女は頭の中でぐるぐる思う。
(でも、怖かった。私を、ゴミのように見るあの3人がとても怖かった)
(あの目は"あの人達"と同じ、いらないものを見る目。邪魔だと、消えてほしいと思う目)
「左目、見られちゃったなぁ…」
ジャッカルにさえ言っていなかった、この真っ赤な瞳を見られてしまった。どう思ったか。醜い化け物みたいなこの目をどう思っただろうか。
そんなネガティブな思考を駆け巡らせていると、ふと真っ赤に咲く花が目に入る。今いる屋上には植物がたくさん咲いている。色鮮やかなその姿は美しい。同じ赤なのに。
「君はいいなぁ。同じ赤なのに、ずっと綺麗。私とは違って、すごくすごく」
(私は醜いだろうか。)
「それは絶対ないね」
突然、背後から声がした。
聞き覚えのある、澄んだ、綺麗な声は探しても1人しかいない。
「…幸、村くん」
「もー!最近、屋上庭園来ないでしょ?俺日向のこと待ってたのにさー。真田の帽子燃やすとこだったよ」
さらっと心の中を読んだ彼は幸村精市。王子様だと女子の視線を集める、テニス部人気No.1の男である。普段は優しい口調と輝かしい笑顔で王子様と呼ばれるが、何故か日向の前だと我が儘、横暴、魔王。まあ、これが彼の本性だが。
「ふふ、まあ半分冗談は置いておいて」
「(半分本気なんだ)」
「うちの部員が迷惑かけたようだね。ごめんよ、日向に辛い思いさせて」
急に真剣な顔つきになる幸村は美しい藍色のウェーブを揺らし、日向の頬に手を添える。
「私が、弱いから、だから、私が悪い。それに、幸村君が謝るのは間違ってる。君は何も悪いことしてないよ」
「そういうわけにはいかないよ。可愛い可愛い日向が泣いちゃったんだ。部長として謝るよ」
幸村精市という男は横暴な魔王だが、これでも日向をかなり溺愛しているらしい。大切なガラス製品を扱うような手つきで彼女の頭をよしよし撫でる。
「だから醜いーとか思わないでよ。日向は可愛いし、綺麗だよ?外見も内面もね」
「幸村君、目が可笑しいよ」
「え?この俺の目が可笑しいって言うのかい、日向」
「ご、ごめんなさい」
それでよし、と幸村は日向を見て、にこりと笑う。
「まぁ、テニス部は女嫌いなとこあるからね。ちょっと大目に見てあげて!後で殴っとくから」
「えっ、大丈夫。私、怒ってないよ。説明なく入った私がいけないの。…それより」
きゅっと唇を噛み、日向は幸村の目から逃れるかのように下を向いた。
「気になることあった?」
「結界が、少し破られていた。学校に張ってあるのに小さな穴が」
「ふぅん。妙だね」
こちらからしてみると幸村と日向がこの会話をしている方が妙なのだが。
「何か違う魂の色が見えた。一瞬だけなんだけど…」
不安そうな日向に、幸村はぎゅっと抱き付いた。空気をとことん読まない幸村である。
「えっ、ちょっ、幸村君!私、真面目に話してるのに…」
「あはは!不安そうな日向可愛いー!」
「えぇー…」
自由な幸村に溜め息が漏れるも、いつの間にか日向の恐怖心はどこかに行ってしまった。
「そういえば、この俺の場所はいつの間にか俺達の場所だね。助けてくれた日向は格好良かったけど、初めて会った日向は電波少女かと思った」
「電波…?そうなのかな、」
「雰囲気がね」
でも、と幸村。
「そんなとこや、他の女とは何もかも違って、魅力的だったから日向がいいんだけど」
「…幸村君、変」
「えー!君には言われたくないんだけど」
彼らの出会いはまたいずれ。