「あそこで越前くんに出会ってなかったらここで飢え死にしちゃうところだった…」
「大袈裟すぎだし」


日向を拾ってくれたのは小さな王子様だった。彼女にはきっとそう見えたのだろう。何せ自分を助けてくれたのだから。

あのあとしょんぼりしている彼女を放っておけなかった越前は声をかけると、キラキラした瞳で見つめられ地図を差し出された。「ここへの行き方をご存知ですか」と必死に尋ねる日向に負け、案内をすることに。ありがとうございますありがとうございますと何度も何度もお礼を言う彼女に越前は可笑しそうに笑うと、やがて互いに名前や年を名乗った。少しだけ距離が近くなったような気がしたのはきっと勘違いではない。

しばらく歩いていると越前はあることに気が付いた。


「…ねぇ。日向さん、地図のこの場所で合ってるんだよね?」
「えっ、合ってると思うけど…、どうかした?」
「別に、」


じっと地図を見つめる越前に不安となったのか彼女も確かめるが、やはり何回見ても同じであった。越前がぶつぶつと何かを呟いているのを日向はただ黙って見ているしか出来なかった。


「日向さん、ここに何しに行くの?合宿のマネージャーとか?」
「えぇ、違うよ。今日はどこか合宿をしてるの?」
「…?」
「?」


お互いの頭に疑問が浮かぶ。噛み合いそうで全く噛み合わない会話に面倒となった越前は、まぁいいかと話すことを諦めた。日向もそんな越前を察してかそれ以上は何も話さなくてもいいかと足を進める。


「ええと、越前くんはその合宿に参加してるってこと?」
「…気付くの遅い」
「ご、ごめんなさい」


溜め息を吐く越前に日向は何となく謝ってしまう。そう言えば越前をじっと見てみると、スポーツをするためのジャージやシューズ、そして背中には彼には大きいと感じるテニスラケットのケースが。今頃になって越前がテニスをすることに気が付いた。


「越前くん、テニスするんだね!」
「それも今さらだね」
「それは本当にごめんねってば…!」


ぷくりと頬を膨らませる越前はどうやら拗ねてしまったようだ。その表情はどこからどう見ても可愛らしいもので思わず撫でてやりたくなる衝動に駆られたのは言うまでもない。勿論、そんなことをしたら余計にブスッとしてしまいそうなので、心の中に留めておかなければならない。


「(…俺に全然興味ないってことじゃん。何かムカツク)」


越前は越前でもやもやした気持ちが心に残り、自分でもどうしたらいいのか分からない状態になる。気持ちが悪いと感じるが、それをどうすることも出来ないのがまたもどかしい。誰でもいいからどうにかしろと思うがそんなこと無理であると諦めていた。

いや、しかし原因である彼女なら、それをどうにか出来るかもしれない。



「…!」



帽子の上から突然撫でられる感覚がして、越前はびくりと肩を跳ねさせた。

そろりと見上げると、優しい顔で自分の頭を撫でている日向がいた。まるで日だまりのように笑う彼女につい目が離せなくなる。やんわりと細められた目も緩く口角の上がった唇も少しピンク色をした頬も大人びていて魅力的だった。


「ちょっ、な、何…!」
「えっ、あ!ご、ごめんなさい!つい…」


越前くんが可愛くてと言う言葉は小さく消えてしまった。ごめんねと謝る彼女に越前は頬を赤く染めたのを見られたくなくて、またそっぽを向く。でも離れてしまった手が気持ちよくて名残惜しいと言う思いがあったなんて恥ずかしくて口が裂けても言えない。

それでも「越前くん」と名前を呼び続け、謝り続ける彼女にもういいよと言うしかなかったことも事実である。



「ここ。着いたよ」



気まずい雰囲気が少し続いたが、やっとのことで目的地に到着した。やはり逆方向に歩いていたみたいで、彼女としては無駄に時間をかけてしまったと言う悔しい気持ちが残る。越前にも時間を使ってもらったこで更に罪悪感が溢れる。


「ありがとう越前くん…!本当に助かったよ」
「別にいいッスよ」
「それに時間、使わせてごめんね。越前くん、これから合宿なのに、」
「どうせ暇だったから気にしなくていいって」


ぶっきらぼうに答えるが越前なりの優しさを彼女はしっかり受け止めた。帽子を深く被り直すところを見ると照れ隠しのようだ。


「越前くんに会えて本当に良かったよ。ありがとう。また会えたら嬉しいな、」


寂しそうに笑う彼女を越前ははっきり見た。そうして歩き出そうとする彼女の腕をガシッと掴む。反動に驚いた日向は越前を不思議そうに見つめた。

越前はニヤリと悪戯っぽく笑って彼女の耳元に口を寄せる。




「I'll see you then.」

「えっ…?」



チュッとリップ音がしたと同時に頬に柔らかい感触が。
スタスタと歩いて行ってしまう越前を見つめ、頬に手を当てる。綺麗な発音であることから、外国の挨拶なのだと済ませてしまう日向だったが、じわじわとキスされた箇所が熱くなるのを感じていた。

さて、越前が最後に言った言葉だが運が良いのか悪いのか彼女は英語の成績がすこぶる良かった。故に間違っていなければ越前の言ったことはよく分からなかった。




「またね、って…?」




いよいよここからが本番か。


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