「疲れたあぁ!幸村部長、厳しすぎッスよ〜」
「お、言ったな赤也。幸村君に言ってやろー!」
「げぇ!マジ勘弁ッス!仁王先輩助けて!」
「俺は知らんぜよ」
その無邪気な笑顔で先輩から絶大な人気を誇る唯一の1年、切原赤也。
可愛い顔を最大限に生かし女子からお菓子を貰わない日はない、丸井ブン太。
甘いマスクと近寄りがたい雰囲気で毎日女子生徒を騒がせる仁王雅治。
とにかくレギュラーの中でも人気が高い3人がやって来た。
「…あ?柳先輩、この女誰ッスか」
「また勝手に部室入った奴じゃね?」
急に変化した彼らの瞳は冷たくて、日向は「違う」とただ一言、それが出ない。
「違う。こいつは最近起こっているテニス部の問題を解決してくれた張本人」
日向が言えなかったことを柳が全て言ってくれた。彼女が声を発することが出来ないことを分かっているかのように。
「何言ってんスか?んなわけないっしょ!騙されてるッスよ、2人共」
「赤也!」
「だってそうでしょ?女なんてみーんな同じッスよ」
真田の怒鳴る声を遮ってまで女が嫌いらし。切原は日向に視線を移したが、その目は彼女を見てはいない。
「あんたさぁ、先輩達騙してまで仲良くなりたいの?」
つかつか歩み寄る切原は異様に迫力があって、日向はそれだけで身体を強ばらせてしまった。
違う。
それだけの言葉が喉を通って出てきてはくれない。ジャッカル達が懸命に止めるも、切原が止まることはなかった。
丸井も仁王も同じような目で日向を見る。止める気配もない。
「こういうの付けて、心配してもらう作戦?」
切原が指差すのは彼女の左目。
「ち、ちがっ…」
何も言えなかった彼女が眼帯を差された瞬間、震えるように細い声を発した。ぎゅっと眼帯を押さえ、ただ怯える。
「なら、怪我とか理由?へー、じゃあ取って見せてよ」
「っ、」
ドクン
彼女の瞳がまた揺れる。手はカタカタ震えながらも眼帯を強く強く押さえた。
「何?取れねぇの?」
ニヤリと切原は笑う。
そして一歩、また一歩と日向に近付いていった。怯える彼女は動けず、切原が目の前に来るのを見ているしかなかった。
「本当、女ってうぜー。つーわけで消えちゃって下さいよ」
「やっ…!」
伸びる切原の手は迷うことなく日向の眼帯を目掛けていた。後ろへ身を引いた彼女だったが間に合うことはなく、乱雑に左目のそれは奪われてしまう。
「ほーら、怪我なんかしてな…いで…」
右とは色がまるで違う、血のような真っ赤な瞳が現れた。切原は予想だにしなかったことに言葉を詰まらせる。
「ぁ、あ、あ…」
"恐怖"
今の彼女にはその感情しかなかった。
「陰野!大丈夫か!?」
真田、柳、ジャッカルは膝をつき呻く日向に駆け寄り、落ち着かせるように声をかける。
「ち、がう…違う違う違う…私は、私は違うっ…!」
大粒の雫がブラウンの瞳からボロリと流れ落ちる。
が、真っ赤な瞳の方からはそれは一滴も流れ落ちなかった。
「私は、っ…!」
「おい!陰野!」
ジャッカルの叫びは虚しく、日向は部室から逃げるように飛び出した。
残された部員達は何も言うことが出来ず、その場に立ち尽くす。
重い空気の中、口を開くものは誰もいない。
「あれ、みんな何してるの?」
神の子以外は。