「私の話を聞いて下さい…!」




静寂に包まれたテニス部の部室に声が響いた。か細くて、とても大きな声だとは到底思えないが、それは力強くて真っ直ぐなもので、いとも簡単に耳に届く。

扉に立つのは日向だった。息を乱している様子から走って来たのだろう。今にも泣き出しそうな顔はぐにゃんと歪められており、紡がれる唇は声を発するのも辛そうに見えた。


いつものように練習をし、練習を終え、いつものように帰る支度をしていたテニス部。いや、いつものようにとは少し語弊があるかもしれない。心なしか彼らは暗かった。別にプレーに支障はない。だが、心にぽっかり穴が空いたような、そんな変な気持ち。帰ろうと、誰か1人が言い、まさに今から帰宅をするところだった。


そして、冒頭にいたる。


日向が何かを伝えようとしていた。皆は目と耳を彼女に集中させる。彼女が今話そうとしていることは多分、絶対に聞いてやらないといけない。そんな気がした。


そんな中だった。




「…帰りなよ」



ビクリと彼女の肩が揺れた。

幸村だ。冷たい瞳だったと思う。こちらに顔を向けていないから分からなかった。他のメンバーはそんな幸村に何でだと疑問の表情を浮かべていた。


「精市、」
「俺はお前と話すことなんてない」


鋭い声色で言い放つ幸村に声をかけた柳でさえ言葉を詰まらせる。彼女が泣いてしまわないか不安になった他のメンバーたちはそろりと彼女を見た。何か声をかけてやらなくてはと思ったが、何と言えばいいのかなど分からない。




「幸村くん!!」



そんな思いとは裏腹に日向はキッと幸村たちを見た。泣いてしまう弱い顔ではなく、しっかりとした強い瞳で。幸村は思わず驚いて、彼女へと顔を向けてしまう。久しぶりに見た彼女の顔はやはり泣きそうだったが、少しだけ凛としているようにも思えた。



「私は君に、君たち全員に話すことがあるの!」



普段、自分の意志より他人の意志を優先する彼女からそんな言葉を聞く日が来るなんて思ってもいなかった。それは彼女の日向の意志だった。自分が話したいから話を聞け。そういう意味で彼女は言ったのだ。
初めての姿に、テニス部の全員が日向へと意識を向ける。



「みんなは薄々気付いていたかもしれないけど、私はいじめを受けていた。そんな大きなものじゃないけど、物を隠されたり、カッターの刃をいれられたり、他にもいろいろ」



いじめの事実を包み隠さず伝える。それは感づくと言うかやはり知ってることだった。いじめの内容を話すことなんて辛いであろうが、日向はそれでも全て話した。

知ってほしかったのだ。
何故、1人で立ち向かったのか。



「だったら、何で俺たちに言わなかったの…?頼りないから?」
「違う…!!」
「部長!いくらなんでも言い過ぎじゃあ…!」
「まさか、離れる気だったの?俺たちと」



幸村が部員の中でも弱々しい声だった。彼女には頼りにされたかった。信頼されてると思っていたからこそ、ダメージは大きい。もしかしてまた独りになるつもりなのか、よくない思考が浮かんでしまう。

彼女は、日向はどうだ。
息を吸い、そしてまた吐く。その表情は苦しそう。



「離れる気なんてない…、私はみんなといたくて、隣を歩いても恥ずかしくないように同じ高さでいたくて、だから1人で頑張るって決めた…、」



黙って、彼女の話を聞き続ける。涙が流れそうだった。でも今泣いたらダメだ、彼女はグッとそれをこらえるのだ。



「我が儘だけど、一緒にいたい。たくさん話したい、楽しく笑いたい…、独りよがりだよ。全部全部、私のため。私がいたい、私が、私が…、みんなといたいのは私。全部、自分のためなんだよ…、」



じんわり、瞼に雫が溜まった。歪む視界の先にはぼんやりテニス部の姿が写る。優しくて、明るくて、キラキラしている彼らは眩しかった。自分はあまりに不釣り合いだった。光と陰。まるで対象的。一緒にいていいわけない。でも一緒にいることを望んだ。あのキラキラした中に少しでも入れるように、彼女なりに考えて考えて、頑張ると決めた。



「みんなは、一緒にいたくないかもしれない…、でも、もしまだいいのなら、また一緒にいさせて下さい…、隣を歩かせて下さい…っ、私、みんなのこと大好きなんだよ〜…!!」



やがてワンワンと泣き出してしまった。涙はぼろぼろ零れ落ち、止めようとしても止まらない。崩れ落ちるようにその場に膝をついてしゃがみこんでしまった彼女をふわりと陰が被さり、暖かい体温に包まれる。



「バカじゃないの、」
「っ、幸村、くん…?」



幸村が大切そうに彼女を優しく抱き締める。幸村の香りに涙が余計に溢れてくる。



「一緒に、いたくないわけないだろ。1人で自己完結すんなよバカ…っ、」



バカバカバカと幸村は繰り返し彼女に言い続ける。泣きながら、でも笑いながら彼女はごめんねごめんねと謝り続けた。

一気に温かくなる雰囲気に、他の部員たちもわっと周りに集まった。



「良かったな、解決して。だがな、心配させすぎはいけないな。本当に、心配したぞ」
「柳くん…、いろいろありがとう。やっぱり全部知ってたんだね、」

「うむ、たまには頼れ」
「真田くんも、ありがとう。本当にごめんね、」

「ごめんな、何もしてやれなくて…、」
「ううん!ジャッカルくんが優しくしてくれて、いっぱい救われたよ!ありがとう」

「私も、逆に貴方を悲しませてしまい、申し訳ないです、」
「柳生くんがあの時ノートを拾ってくれて、私は良かったと思うの。分からないところでいろいろ助けてくれてたの知ってるよ。ありがとう、」

「日向ちゃんとずっとずっと一緒にいたいぜよ…、うぅ、だから、もう黙るのはなしじゃから…!」
「…うん。絶対に言う。ありがとう仁王くん。いっぱい助けてくれて。だから泣かないで、」

「俺はお前が泣くの見たくないぜ。頼れよ!日向のピンチなら天才的に解決してやるぜぃ!」
「ありがとう。丸井くんには本当に元気いっぱいもらっちゃったよ、」

「先輩、っ、うぇ、お、俺っ、先輩と離れたくない…!俺のこともっともっと面倒見て下さい…!」
「切原くんの方が、っ、泣いてるね…、うん、ありがとう。ごめんね、泣かないでよ〜、」


「日向」
「…幸村くん?」




「またやり直しだね。今度は始めから同じ高さだ」


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