「少し…、お話できませんか?」



彼女のその言葉に複数の女子生徒は眉を細め、渋々と後を着いていった。異例な光景に周りは不思議そうに見つめ、彼女の友人たちは心配そうに、後ろ姿を眺めるだけだ。






場所は変わり、屋上。
ここなら、勇気を出せるような気がした。だから屋上で話をすると選んだ。



「嫌がらせを、もう、止めてくれませんか…?」



単刀直入に日向は目を見据えて言い放つ。たちまち彼女たちは不機嫌そうに顔を歪める。そして主犯のリーダーであろう女がニヤリと笑っていた。


「私らがやったって何で思うの?勝手に犯人にされても困るんだけど」
「…これ、皆さんですよね」
「なっ、」


日向が出したのは写真だった。彼女のカバンや机の中に手を入れる姿や、上履きを捨てる瞬間の姿。言い逃れのできない証拠が全て揃っている。


「この写真は、友人が私にくれたものです」
「…あぁ、吉田さんと柴崎さんね。…本当に邪魔」


写真は友人が日向のために用意したものだ。それを見た瞬間、彼女たちは諦めたように、開き直ったように笑う。あははと笑う彼女たちに日向は少し怖くなるが、それでも見る目を弱めない。


「嫌がらせを止めてほしいんだっけ?別にいいわよ」
「えっ…?じゃあ、」
「ただし条件がある」


気味の悪い笑みを浮かべる彼女に日向は良い予感はしなかった。何となくだが、言われることは分かっている。



「テニス部から離れて。そうしてくれれば嫌がらせも止める。簡単でしょ?」



やっぱりか。日向はぎゅっと拳を握った。テニス部のことを好いていて、なおかつ過激派のような彼女たちから言われることなど、そのようなことだと始めから分かっていた。

答えなど決まっている。




「それは、お断りします」
「はぁ!?」



強く彼女たちを見据える。弱そうな日向なら言い寄れば簡単に頷くと思っていた。余計に腹が立った。何故、自分たちの言うことを聞かないのだ。



「ちょっとテニス部のみんなが優しくしてくれてるからって調子乗らないでよ!」
「そうよ!何であんたばっかり!優しいから一緒にいてくれるだけかもしれないでしょ!」



苛立った彼女たちは一気に罵声を浴びせる。休むことのないそれは日向の耳を攻撃し、まるで大きな何かに囲まれているようだった。



「一緒にいるのも、結局は自分のためなんでしょう?あんたが一緒にいたいだけでしょう?ねぇ、」



たくさんの言葉の中でもはっきりとその言葉だけは届いた。考えた言葉も何度もシュミレーションしたイメージも全て真っ白になった。

そうか、私は、

やがて自然に思いとは裏腹に口が動いた。




「…そうです。全部、自分のためなんです、」



予想していなかった言葉に彼女たちは息を詰まらせた。何も言い返せない。ほらね、やっぱりね!そう言いたいのに。何故か出来なかった。



「独りよがりなんです、全部。彼らと一緒にいたい。離れたくない。隣を、同じ高さで歩きたい…、」



じんわりと涙が浮かんだ。テニス部の彼らの顔や幼馴染みの顔、他にも大阪のみんなや優しくしてくれる氷帝の一部の顔が頭を過った。こんな自分にも笑顔で優しくしてくれる彼らから離れたくない。



「自分のためなんです…、私が一緒にいたいから、私が離れたくないから。全部、全部、自分のことしか考えてなかったんです…、彼らのことを考えていなかったんです、」



自己満足だった。日向はそう言った。自分が一緒にいたいから、自分が離れたくないから、自分が自分が…。そう言い続けた。ここまで認められると彼女たちは
何も言えない。

今までもテニス部に近付く女はたくさんいた。そして決まってこう言うのだ。

「テニス部のみんなはモノじゃない!何で貴方たちが決めるの!?」
「みんなは普通にテニスがしたいだけなのよ!邪魔してるのはそっちじゃない!」
「テニス部のみんなが可哀想だよ!」

それはあまりに矛盾している言葉ばかりだった。モノ扱いなどしていない。普通にテニスしていることなど知っている。可哀想?何故、それを決めるの?それを決めるのは誰なの?お前でも私たちでもない。

結局、彼女たちはテニス部に下心で近付いただけであり、今までの女とは何一つ変わりなかった。

だからなのか、自分のためだと断言する日向に何か違うモノを感じた。それは認めたくないモノで、黙るしかすることがない。



「彼らがどう思っているのかは私には分かりません。優しい彼らだから、一緒にいてくれるのかもしれません」



でも、と日向が続ける言葉についつい彼女たちも聞き入ってしまう。何を言い出すのか分からないから。



「決めるのは彼らです。私ではないです。だから、一緒にいたくないと彼らが思うのなら、それは…、諦めるしかないんです。それが彼らの意志だから」



真っ直ぐ、美しい瞳だった。逸らすことの出来ないルージュ色に彼女たちは認めるしかないんだなぁと感じる。日向は何一つ間違っていないじゃないか、一番彼らのことを想っていて、考えて、だから傍にいて。









「同じじゃない、」
「えっ…?」
「隣にいるも何も、もう高さなんて同じじゃない。テニス部のみんなとさ、」



日向は彼女たちの顔を見た。眉を下げ、くしゃりと少し悲しそうに、でも吹っ切れたように笑っていた。その笑顔は少し眩しかった。



「…あんたを少し勘違いしてたみたい。嫌がらせは止める」
「えっ…あの、」
「で、でも謝らないから!」



心底驚いている日向に彼女たちは、何よ!と強く当たるが、頬はちょっとだけ赤かった。

何だ。分かり合うことは出来るじゃないか。無理じゃない。ちゃんと分かってくれる人もいる。日向は自然と笑顔になった。


「ありがとうございます…!」
「ちょっ…!何でお礼なのよ!馬鹿じゃないの!?」
「私たち嫌がらせしてたのよ!?」


それでもお礼を言い続ける日向に彼女たちも諦めたのか、はぁとため息を吐いた。でも確かに口元は笑っていた。それは嬉しそうな顔だった。

やがてポツポツとテニス部のことや今までどんなことがあったかを話し始める。酷かった状況からこのような行為をする理由が何となく分かる。



「今まではそんな子ばっかりでさ、あんたもそうだって決めつけてた…、でも違ったわ」
「そう、だったんですか」
「自分のためだなんて嘘でも言わないわよ。ははっ…、本当に馬鹿正直なのね」


リーダーである女の瞳は優しくて、日向はボーッとその表情を眺めていた。テニス部のことが本当に好きなんだなぁ、すごいなぁと胸の辺りをぎゅっと抱き締める。


「まぁ、あれよ…、嫌がらせしてごめんね。もうしない。いろいろ悪かったわね」
「い、いえっ!皆さん本当にテニス部のことが好きなんだなぁって思ったら、すごく素敵で、えっと、だから、大丈夫です!」
「!…本当に、変だよ。あんた」



もう行くわと彼女たちは屋上を後にしようとした。
全て解決した。日向1人の力で全部。でも、何か忘れている。今、やらなければきっと一生後悔することを。動かなければ。頭より体が先に反応した日向は彼女たちの服をガッシリと掴んでいた。


今、やらなければ私は絶対に後悔する



風が吹く。
それは、また新しい出会いを祝福する風。





(あ、あのっ!)

(私と友達になって下さい!)



風の音が一層強くなったような気がした。


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