最初はすごく些細なことだったと思う。
「あれ…?」
日向は自身の靴箱を開くと、首を傾げる。あるはずの物がない。昨日まで置いてあったはずの上履き。空っぽの状態の靴箱に疑問を抱く。とりあえず何も履かないで行くのは抵抗があるので、スリッパで代行することに。
「持ち帰ったかなぁ…?」
教室に入ると、まず友人である柴崎にえらく心配された。彼女は何に対して心配をしているのか分からなかった。焦ったように大丈夫か、他には何かあったかなど聞くものでますます疑問が沸くものだ。
「…さつきにも話しとくべきかしらね」
「絢音ちゃん、どうしたの…?」
「ううん。何でもないわ。それより何かあったら言うのよ?小さなことでも!」
あまりの気迫に日向は頷くしか出来ない。クラスの子にも心配されながら、何とか彼女は席につく。スリッパって可笑しいのかとも思った。でも上履きを持ち帰った記憶がない。うーんと悩む。
「よっ!おはよ日向!」
「おはようさん」
「おはよう。丸井くん、仁王くん」
「聞いてくれよ〜!今日の朝練は死ぬほど幸村くんが厳しくてさぁ、もう疲れたぜ…、腹へったし」
「ブンちゃんの腹へったはいつもじゃろ」
いつものような日常会話。丸井が部活のことをグチグチ言い、適当に仁王が相槌を打つ。日向がその会話をただ聞いているというこの風景に、2人は1つの不信を持つ。
「日向ちゃん、上履きは…?」
「えっ…?」
仁王が尋ねたことに対して丸井も同意する。別に何か悪いことをしたわけではないのだが、雰囲気的に何となく気まずい気分になる。彼女はスリッパを履いた足をもじもじと動かした。
そして困ったように眉を下げ、へらりと笑う。
「多分、家に置いてきちゃったみたい。開けたら入ってなくて…、ボケボケだねぇ」
彼女本人は特に気にした様子はなかったが、2人はそうもいかない。最悪のケースも考えてしまい、落ち着いていられるはずもなかった。
日向は納得いっていない2人に少し苦笑い。何故、そこまで気にするのか分からない。そんなようなことを考えながら、授業を受けるため机の中に手を入れた。
「(教科書、がない…?)」
日向は動きを止めた。指先をじっと見つめ、視線をキョロキョロと泳がせる。そんな可笑しい様子に柴崎は勿論なこと、丸井や仁王が気が付かないわけはない。
「日向ちゃん、教科書見せちゃるよ」
「あっ…、ありがとう」
「仁王ずりぃぞ!!」
「ブンちゃんは前じゃからしょうがないじゃろ。隣の特権ナリ!」
「ぶん殴りてぇ!!!」
ちなみに騒いでいた丸井と仁王は注意されていた。そんな2人に彼女は小さく笑い声を漏らす。その様子に柴崎は安心したようにため息を吐いた。
だが、上履きや教科書がなくなったのは彼女のミスではない。彼女だって自分が一番それをよく分かっている。
だから余計に怖くなった。自分のミスだとしか考えたくなかった。じゃないと思い出してしまうのだ。
いじめられるという恐怖を。
「(大丈夫、大丈夫。私が忘れただけ。絶対違う…!)」
嫌なことを考えたくなくて、横に振る頭。長い睫毛を震わせ、何かに怯えているようだった。少し赤みがあった頬も段々と白くなっていくようだった。
「(怖い…、怖いよ、)」
そんな日向の手を恐る恐るきゅっと握るのは隣の特権を持つ仁王だった。悲しそうに彼女を見つめる。でもその頬はちょっとだけピンク色だった。
「仁王くん…」
「日向ちゃん悲しそうじゃ。よぉ分からんけど、大丈夫ナリ!お、俺もついてる!だからっ…!」
「な〜に手握ってんだよ、仁王」
「げっ」
前の席である丸井は手をバチンと叩くと日向の頭をくしゃりと撫でる。いつも子供っぽい丸井が何となくだが兄のような大人びた顔を見せてくれた。
「ば〜か。んな顔すんなよ!俺らにはわかんねぇけど、笑ってろって!」
「わっ…、」
「お前は笑顔が、その、可愛いんだから」
「…丸井くん、」
「ブンちゃんのバカ!それは俺が言おうとしとった!」
「知るかよ!ヘタレ仁王!」
そんな会話は今の彼女にとってら励みになる。明るい気分にさせてくれる。和やかになったその雰囲気に日向は感謝した。でも彼女よりももっとホッとしたように、やはり柴崎は安心したようだ。
「日向」
「絢音ちゃん、」
「私たちは味方だから。何があってもあんたの味方だから」
少し泣きそうになったのは、彼女だけの秘密だ。
(キラリ光った)
(彼女の瞳に皆は気付いていないフリをする)