町の片隅で、仄かな甘い匂いがする。
揺れながら立ち上る煙は青白い。それは他の煙と類が違うと分かる。ゆらゆらと天へ道を造る煙を見て、青年が足を止めた。
「……臭ぇ。廃人共が」
ナツメグに似るが違う。シナモンのような冷涼を感じるが、何処か苦味を覚える。 匂いを決定付ける印象が曖昧な所は、煙自体が持つ“効能”と同じだと言えよう。
……オピウムの香りは人を惑わす。
幻覚作用を持つ多数の薬草と混ぜられてるにも関わらず、オピウムの匂いだけが、何故だか鼻について、青年が目を細めた。
つい先程、買った女も同じ匂いがしていた事を思い出したらしい。……此の町ではオピウムの乾燥葉は気付け薬として売られているが為、別段、珍しい事では無いが。
(こんな世の中じゃ逃げたくなるのも仕方ねぇけど、頭腐らせたら意味ねぇじゃん)
それは憐憫なのか、それとも唯の蔑みなのか。青年の顔付きに“痛み”が見えた。
だからといって、それを咎めようとはしない。何故ならば、堕ちて行くのを決めるのも本人の意思に他なら無いからである。
それを知るだけに青年はオピウムを初めとする幻覚剤の類には手を出さなかった。
(でも、もしも)
煙を見ながら、ふと考える。
あの煙が、愛しい少女の“夢”を見せてくれるなら。少女の“幻”をくれるのならば、と。……幾多の女を抱いても満たされる事の無い心で、彼女への思いを馳せる。
(馬鹿じゃね、オレ。ホンモノじゃなきゃ意味ねぇっての!)
突如として沸いた邪念を振り払うと、青年は、仲間達が待つ宿屋へ足を急がせた。
そこには、自分が愛する少女がいる。
青年にとって、世の中の何よりも誰よりも愛する乙女。彼女の微笑み、それだけを望みながら煙の中を駆けてゆくのだった。
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