小説(雷霆) | ナノ
俗物の天人(35/51)
 
 先に受けた傷は深い。避けようにも、儘成らないライの眼前へ、牙が差し迫った。

(駄目だ……。逃げられない!)

 覚悟でギュッと目を瞑った、その時。ライの顔へ、バラバラと木屑が降ってくる。
 恐る恐る目を開ければ、腹の辺りにあったのは鉄枠。砕かれ大破した人食い箱だ。

 リョウが、冷徹な視線を死した魔物へ向けている。茫然としているライの様子に気付くと、瞳には忽ち優しげな光が灯った。

「他に怪我はないか?」

「あ……ぼ、僕……」

 情けないが、体の震えが止まらない。

 人食い箱が弱者を見極められるように、ライもまた弱者であるが為、自分より身体能力が上回る敵に対しては聡いのである。

 死への恐怖なのか、顔面は蒼白。立ち上がる事も出来ない。依然としてへたり込むライを、リョウの逞しい腕が包み込んだ。

「リョウ……! 僕、怖かっ……た」

「安心したまえ。敵は死んだのだから、もう何も恐れることはないよ」

 赤子をあやすように背中を撫でる手。厚い胸板へ我が身を預けると、まるで湯へ晒した氷の如く、恐怖心は忽ち溶けてゆく。

 数分は、経過しただろうか。

 ライも落ち着きを取り戻したらしい。安堵の息を吐き、リョウを笑顔で見上げた。
 


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