――ナジミの塔、最上階に踏み入れたと同時に、腐敗臭と黴の強烈な臭気に堪えきれず、ライは袖で、鼻と口を覆っている。
「酷いところ……だね」
展望室のようだが、使われなくなってから数年が経過している。建物、というものは無人になれば、忽ちに風化を増すのだ。
元は白かっただろう壁、黴が不気味な染みをつくり、腐食が壁の所々に穴を開けている。窓から出られなくなったと推測される、無数の鴎の死骸が床に点在していた。
管理者が使用していたと覚しきベッド。
中に詰められた藁が漏れて、無様な姿を晒している。恐らく、人の出入りを絶ってから、十数年は経過していると思われる。
「やはり噂にすぎなかったか」
リョウが無念そうにベッドに目をやる。
「うん……」
劣化した布と、同化している白骨遺体。 積年の埃にまみれ、灰色に汚れていた。
……噂の鍵職人、その人だろう。
「帰ろう、か」
ぽつり、と呟いて、戸口へ足を向けた。
「あなたは……?」
訝し気にライは眉に皺を寄せる。
戸口を塞ぐように見窄らしい老人が立っていた。いつの間に入ってきたのか……。
気配というものに、殊の外敏感なリョウでさえ、老人の侵入には気付けなかった。 |