小姓生活開始
「あ、えっとその…おはようございます元就さぶふっ!」
言い切る前にパーン、と小気味のいい(こっちからすれば全くよくない)音と共にジンと痛みが走る左頬。あれおかしいな、ちゃんと起きたのに打たれたぞ。
目の前の元就様はどこまでも無表情、どこまでも鉄仮面、どこまでもポーカーフェイスで全く感情がわからない。わからないが、ほっそい切れ長の目が瞳孔開いているように見えなくもないし、怒った時の我が校の数学教師の目によくにている気がしないでもない。
これはもしかしてお怒りなんじゃなかろうか。背中を伝う冷や汗半端ない。
「貴様…後始末が終わっていざ帰ろうとすれば暢気に眠りこけおって。誰が眠っていいといった。頭に血が上り気を失ったならまだしも、誰が我の日輪号に涎を滴し阿呆面で眠っていいといった。しかも城へ帰る道中も煩わしい寝言を延々と呟きおって。何度縄をほどき日輪号から叩き落としてやろうと思ったことか。その上城へ帰ってもいっこうに起きる気配がない。ふざけているのか、ふざけているのだろう、ふざけているに決まっている。そんな救いようの無い愚かな貴様をわざわざ我が直々に(叩き)起こしてやったのだ光栄に思え。さて、弁明があるならば聞こうただし五つ数える間に十五文字での答えしか認めぬ。ほれ言ってみよ」
「えっ!たたた大変申し訳ございませんでした!」
「長い」
「へぶっ!」
また殴られました。五秒はクリアしたのにオーバーしちゃいました。でも何でそれで殴られるんだ何この理不尽。
っていうか上の元就様の台詞の方がよっぽど長いじゃないかふざけんなよ鼻フック決めたろかコラァ、と心の中でだけ毒づいてみる。だって直に言えないもん毒づくぐらいしないとストレスのやり場がないんだもん。
「フン、まあよい。今日はまだ此処に来たばかり故日輪号の洗浄及び城下で今人気という『茜屋の栗饅頭』を全て買い占めてくる事で許してやろう。我は心が広い故な」
「ちなみにお金は」
「本来なら全額自腹させるところだが、貴様は金をもっておらぬ。故に我が出してやろう、一月分の貴様の給与と引き換えにな」
「わーお私の初お給料が理不尽にカットされた…」
「今日は夜も遅いゆえ、明日でいいがな。………さて、本題に入るとしよう」
元就様は私の前に座ったまま、懐から何かを取り出した。それは紛れもなく私のケータイで、しかも時雨様にお願いした通りソーラー充電機能がついている。やった、これで充電器ない戦国時代でも使えるぜ!
手を差し出したら顔面にケータイ投げ付けられました。超痛い。
「明日から貴様は、我の小姓ぞ」
「え、あ、はい」
「我の命は絶対だ。例え何を命じられようと拒否は許さぬ。わかったか」
「………はい」
私がコクリと頷けば、元就様はスッと立ち上がる。
月明かりに照らされながら私を見下ろすその顔は、凄く綺麗だった。………だけどそれと同時に、
凄く…悪人面でした。
「よろしい。では貴様の部屋は此処だ。その奇妙な服で表を歩かせるわけにはゆかぬ故、部屋の隅にあるその服をくれてやる。朝は日ノ出る前に起き我の部屋に我が起きる前に来い。ああ因みに我の部屋はこの部屋から廊に出右に進み突き当たりを右に曲がり更にその突き当たりを右に曲がった場所ぞよく覚えておけ。もし我が起きるよりも遅く来れば仕置きぞ。わかったな」
えっ?ちょっと待って下さい」
「いいかこれは命令ぞ。我の命は絶対、だと言ったはずだ。そして貴様は承諾した」
「あっ…!」
「フ、恨むなら愚かな己を恨むがよい」
そうだ…この人は鬼畜でドSなんだった…!
計算通りと言わんばかりの顔が私に絶望感を与える。
………私、ちゃんと三年間生きてられるのかな…。
「無理だろ」と、どこか頭の奥で聞こえた気がした。
「………あれ?」
「………?」
立ち上がって、気付く。今まで私座って見上げてる体勢が多かったのと、戦場にいた時ピンヒールばりに踵浮いたブーツを履いていたから気付かなかったけれど…
「元就様って、思ってたよりちっちゃヘブッ!」
「散れ!」
────こうして、私の三年間の理不尽小姓生活は幕を開けたのである。
三年間生き延びられたら、絶対に現代に帰ってやる。という強い意思の元で。
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