らぶゆーふぉーえばー(恋とは言ってない)

ハロー、Mt.レディの妹です。


 違和感が決定的になったのは、ガイダンス会場でのとある受験生の一言のお陰だった。

『成程……避けて通るステージギミックか』

 最も強大な敵を「お邪魔虫」「ドッスン」と表現するなどいやらしい思考誘導はあったものの、プレゼント・マイクは実際に「避けて通れ」とは一言も口にしていない。

 さて、ここで思い出したいのは、今回の試験内容が「模擬市街地演習」であるという単純な事実だ。つまり今ギミックが好き放題暴れて壊しまくっているあれらの建物1つ1つに、本来なら人が大勢いてもおかしくないということ。勿論私達受験者がこうして疾走している道路も(私は逆方向にだが)、これが現実ならパニックになり逃げ惑う民衆で溢れかえっていることだろう。先程建物や道路に敵を叩きつけて倒す生徒を見かけたが、恐らく彼らは不合格だ。設定そのものを忘れて目の前の餌に飛びつきすぎている。
 得点云々ではなく、一撃一撃が甚大な被害をもたらすあのロボットこそ、最も優先度の高い敵。多分そこは、受験生には知らされないまた別の採点基準の1つになるのだろう。
 ……とはいえ、これらは全て推測の域を出ない考えだ。あのガイダンスが丸々嘘でした〜などとふざけたことになっているとは思えないし、どうせなら分かりやすくメリットであると示されている小さいほうのロボット敵達にだけ構っていたい。ライバル達の殆どは別のエリアに逃げて行ってしまったため、現に置いてけぼりになった得点ありの仮想敵達は皆私の方に向かってきている。沢山いるこれらを全部独り占めしてしまえば、一気に逆転して合格することも難しくはないだろう。

 けれど。……けれども。

『……? 困っておる者に手を差し伸べるのは、人として当然のことにござらんか?』

 お人好しの過ぎる大好きな主が、どこぞのお偉いさんに「偽善者め」と嫌味を言われた時。何の含みも持たずに、首を傾げてそう言ったあの稚い表情を思い出す。
 道徳の教科書にでも載っているような陳腐な言葉だ。なのにそれをいつでもどこでも誰が相手だろうと、本当にそれを実行してしまえる人だから、私達はあの人から終始目を離せなかったのだろう。私などよりも余程ヒーローに向いていそうな、優しい優しい男の子。あの人のような「本物」には、きっと百年かけたってなれないに違いない。……けれど、努力ぐらいはやったっていいじゃないか。
 悔し紛れに襲い来るロボット達を必要以上に強く蹴りつけつつも、その頭上を頭部のパーツを踏みつけることでぴょんぴょんと飛び跳ねていく。仮想敵の群れを抜け、走る。走る。一等騒がしい破壊音は更に近づき、やがて細道から随分大きな通りに合流し――漸くラスボスの前へと、躍り出る。


 ――大好きな人には近づきたいと思うのが、乙女心って奴なのだ。タブンネ!


(尾白視点)

 本当にどこに隠れていたんだと言いたくなるような、想像よりも遥かに巨大だったギミック。目の前でコンクリを綿のように握り潰したそれに一瞬硬直したものの、慌てて我に返って踵を返した。しかし他の受験者達もパニックになって周りに溢れかえる中、言い方は良くないがどこにでも要領の悪い人間というのはいるもので。瓦礫に足を取られて転倒し、逃げることに必死な連中に踏まれかける奴を人混みから外に出してやったりだとか、知り合いの姿が見えなくて不安げにオロオロしている奴を安全そうな方向に誘導したりだとか。1度目についてしまえば見捨てることもできず、俺何やってるんだろうと思いつつもギミックからそう離れることもできないまま、勝手に世話を焼いていた。
 粗方危険な目に遭いそうな連中を助け出し、ふうと漸く息を吐く。さて、俺もあちらさんに見つかる前に、さっさとポイントになる敵がいる方へ退散してしまうか……と今度こそギミックに背を向けた、その瞬間。

「い、たぁ……ぅ、」

 バスの中で、何度も聞いた女の子の声だった。
 咄嗟に再び方向転換して、その発生源の方へと駆け出す。一見何もないように見えるが、目を凝らすと一部の瓦礫が不自然に持ち上がっている箇所があった。あそこに、透明人間の彼女の体が挟まれてしまっているのだろう。

「――葉隠さん、そこにいるんだよね?!」
「え、尾白君?!」

 手袋だけしか見えないが、ぎょっとしているらしい声でこちらに反応する葉隠さん。というかバスの中で話してた時は考えもしなかったけど、よく考えたら彼女もしかして、今、あの、服着てな…………いやいやいや、この修羅場で何考えてんだ俺!
 あっつくなりそうな頭をぶんぶんと振って誤魔化すと、怪訝そうにこちらを見つめる(多分)葉隠さん。次いで重く響く移動音と共に段々ギミックが近づいてくるのが分かり、慌てて両手と尻尾で彼女にのしかかっている瓦礫を掴んだ。

「待ってて、今すぐにどかすから!」
「い、いいよそんなの! 私は……自分で何とかするから、尾白君早く逃げて!」

 彼女の答えが精いっぱいの強がりであることは、子供にだって隠せないだろう。現にギミックがここまで近くに来ていても脱出は出来ておらず、男の腕力とかなりのパワーを持つと自負しているこの尻尾でも相当重いと感じる質量だ。何より、おどけるように握られたその拳は、かたかたと小刻みに震えている。よって、その言葉は諦めの理由には断じてならない。

「ほら、私透明だからあの仮想敵にも狙われないかもしれないし……」
「う、るさいなぁ! 怖がる女の子を見捨ててヒーロー志望だなんて言えるかよ!!」

 焦りのあまり口調が荒くなってしまった気もするが、瓦礫と格闘するのに忙しすぎて正直何を口走ったのか既にあやふやだ。しかし何かと理屈をつけて俺を遠ざけようとしていた葉隠さんが何故かぴたりと口をつぐんでくれたので、ここぞとばかりにふんぬと両足を踏ん張る。……が、やはりそう上手くはいかず、込めた筈の力は圧倒的な重量の前に受け流されるだけだった。
 支える手に痛みを通り越して痺れを覚え始めた頃――俺達2人の上に、それは大きな影がかかる。

「…………あ……」

 震えた声を絞り出したのは、どちらが先だったろう。
 機械であることは分かっているのに、こちらに恐怖を与えてやろうという意志さえ感じさせるほど、まるで映画に出てくる怪物のようなモーションで俺達を覗き込んでいた。
 分かっている、これは試験だ。殺されることなんてない。こいつに捕まるからには試験終了までポイントを取りに行けないほどのダメージは食らうことになるだろうが、少なくとも死んでしまうようなことにはならない。色々と癖のありそうな試験ではあるが、それぐらいは目に見えている。
 ……なのに、歯の根が合わない。震える膝を何度殴りつけても、鳥肌が止まらない。
 せめて傍にいる女の子の盾ぐらいにはなろうと、情けなくも固まりそうな体をずりずりと引きずって、葉隠さんの前へと移動する。背後からの息を呑むような音を聞きながら、伸びてくる巨大な鋼の腕をぎっと睨みつけた。

「尾白く、」


「――――はァいそこまで」


 金属の板やパーツで構成された、仮想敵達のようなそれではない。
 俺たちと変わらない、人の手の平――なのに何故か、ギミックのものより1周り程も大きなそれが、伸ばされた鋼の手を勢いよく握り潰した。
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