正直更に向こうへ行かなくてもどうにかなりそうな件

ハロー、Mt.レディの妹です。


 拝啓お父様お母様、ついでにアホの姉上様。
 かすがは雄英高校入学試験を数十分後に控えた今、前々世からの生涯も含め、初めて透明人間というものに遭遇しています。

 その生徒はどこかの中学校の女子制服を身に纏っており、その膨らみ方で分かる柔らかい丸みを帯びた体つきからも女の子であることが窺えた。というか顔や手足がすっかり見えない分胴体のスタイルが強調されて、却ってエロイことになっている。眼福眼福……いやそうではなく。
 壁の方を向いてうろうろおろおろし、時々反対方向を振り返って通り過ぎる生徒たちに声をかけようとして、やっぱりうろうろおろおろ。


 透明人間は、多分迷子だった。


 少なくとも彼女が困っていることには気付いているであろう、周囲の生徒達。しかし彼女が声をかけようと近づいた瞬間、あからさまに顔を背けたりその場を移動したり或いはわざとらしく友人と話し始めたりと、全力で話しかけるなオーラを発するのである。
 まさかお前ら、これを機にライバルを1人でも脱落させようとでも思ってるのか。どれだけみみっちいんだ。
 その発想に呆れると言うよりも半ば戦慄しながら、スケルトンな少女の元へと足を運ぶ。私が自分に向かって歩いてきたと気付いた彼女は、一瞬きょとんとした後パァア!と背景に全力でお花を飛ばして喜んでいた。感情だだ漏れである。透明なのに。

 話を聞いてみれば、何のことはない。どうやらトイレに行きたくなってしまったらしいのだが、付近に地図がないせいでトイレの場所も分からず右往左往していたのだそうだ。このだだっ広い校舎内で1度迷ってしまえば試験に間に合わないかもしれない。という訳で、1人ぐらいはトイレに行っているであろう受験者たちの誰かしらに声をかけたかったのだとか。

「――本っっっっ当にありがと〜〜〜〜〜っ! 我慢したまま受験するなんて絶対ヤだったし、かといって迷子になって試験受けられないなんてサイアクだし。もうね、岳山ちゃん救いの女神だね!」
「んな大げさな。まあでも、良かったな」

 普通受験といえば、受験教室やトイレの場所なんかは事前に下見に来て確認しておくものだと思う。というか、この透明人間さん――もとい葉隠透ちゃんも勿論そうしたらしいのだが、何せこの広さだ。緊張からパニックになったからか、あるいは現在地に自信が持てなかったからか、1度はある程度把握したはずの地理がすぽーんと頭から飛んで行ってしまったそうな。そんな装備で大丈夫か?と問うたら大丈夫じゃない問題だと返ってきたので今は多分大丈夫だと思う。いや、ネタにネタで返す程度には余裕があるという意味で。
 実技試験のガイダンスが行われるという巨大なホールに辿り着いたはいいが、恐らく席は離れてしまうんだろうな……と思いつつ一旦手を振って別れる。ところが割り当てられた座席を目指したら、何と連番で隣同士だった。マジでか。
 わ〜心強〜いまじうれぴ〜(意訳)みたいな女子中学生らしい会話を小声でしていたが、それでも近くに座っていた受験者に咳払いと鋭い視線を頂いてしまったため、お喋りをやめて寄せ合っていた肩をそっと元の位置に戻す。それから十数分すると座席も流石にずらっと埋まり、説明役らしいプロヒーローがやけにこなれた調子で壇上へと進み出てきた。
 ボイスヒーロー、プレゼント・マイク。あの人頭身は一般的な日本人水準なのに身長185cmとか逆に凄ぇよなとか若干失礼な感想を抱いていると、遠くにいるはずの彼の声が一気に爆音として耳元まで飛んできた。

『今日は俺のライヴにようこそー!!! エヴィバディセイヘイ!!!』

 そんなコールにレスポンスを返す余裕もなく、耳を押さえてぐぉぉお……と小さく唸る私。現在進行形で大音量の試験案内がお届けされている為、今度は私のちっぽけな声にも睨んだり反応したりする人はいなかった。後どうでもいいけど断じてお前のライブじゃねーから。お前の席ねーから。
 睨まれたりはしなかったが流石に隣に座っていた透ちゃんには心配をかけてしまったらしく、大丈夫?ひょっとして体調悪い?とおろおろしながら背中を擦ってくれた。すまん、耳が良すぎるだけなんだ……。でも一応説明はちゃんと聞いてるので大丈夫だ問題ない……多分な。

 漸く実技試験の内容が「模擬市街地演習」なるものだと再確認があったところで、視線を手元に落とす。割り当てられた会場のアルファベットを確認していると、少し離れたところから男子2人のものと思しき会話が聞こえてきた。

「同校(ダチ)同士で協力させねえってことか」
「ホ、ホントだ……受験番号連番なのに会場違うね……」
「見んな殺すぞ。……チッ、てめェを潰せねえじゃねえか」

 試験前から殺伐としてどうする。
 思わず脳内だけで突っ込みながらも、プレゼント・マイクの発言を反芻する。それにしても入試要項で分かってはいたことだが、試験時間が10分間とはかなり短い。ここは何も考えずにトライするより、試験官の意図を汲んで効率よく点数を稼いでしまった方が合理的だろう。
 しかし会場はよりによって市街地、しかもそこに大勢の受験者達が放たれる訳だ。私の場合、「個性:巨大化」に頼り切る方が相性の悪い勝負になるのではなかろうか。というかもし仮想敵を沢山倒して点を稼いだとしても、足元の人達を顧みずに戦うとかそれだけで「ヒーロー失格」とハネられて終わりそうだ。まあ仮想敵としてどんなものが出てくるかにもよるが、極力地力で倒していこう。鍛えていて良かった。頭を抱えて苦しんでいたかと思ったら今度は1人でうんうんと頷きだした私に透ちゃんが困惑した視線を投げているのを感じたので、もう大丈夫だよとこっそり笑って小さく手を振る。
 ほっとしたようにふりふりと返された見えない右手の挨拶にこっそり和んでいると、これまた少し離れた座席から「質問よろしいでしょうか?!」と声があがった。プレゼント・マイクのような拡声器を使っている訳でもないのに、不思議とホールの隅までよく通る真っ直ぐな声だ。視線を向けると、四角い眼鏡にかっちりと着こなされたブレザー、生まれてこの方恐らくは染められたことのないであろう黒髪の少年がぴんと腕を伸ばしていた。僕は堅物ですって多分顔に書いてあるよアレ。

「プリントには『4種』の敵が記載されております! 誤載であれば日本最高峰たる雄英において恥ずべき痴態!! 我々受験者は規範となるヒーローのご指導を求めてこの場に座しているのです!!」

 ……何というか……試験官の機嫌を損ねたら、とか考えないのだろうか。色々濃いし、凄い子だ。周りの座席に座っていた生徒達も、おおう……と気圧され気味である。多分本人気付いてないけど。ついでに、先程潰すとか何とか物騒なことを言われていた緑髪の少年が公開処刑を受けていた。可哀想だとは思うけどごめん、私も君のブツブツ声は気になってた。というかどこかで聞いたような気も……気のせいかな。
 一方アグレッシブな指摘を受けたプレゼント・マイクは特に気分を害した様子も無く、寧ろ両手を振って『ナイスなお便りサンキューな!』とまで返していた。どうしてもラジオ形式にしたいのかあんたは。

『4種目の敵は0P! そいつは言わば「お邪魔虫」!』

 スーパーマリオブラザーズやったことあるか!?との突拍子もないアナウンスに、思わず受験者達が首を傾げる。

『あれのドッスンみたいなもんさ! 各会場に1体! 所狭しと大暴れしている「ギミック」よ!』

 失礼致しました!と90度の綺麗なお辞儀をかます眼鏡君の他にも、何名かがこっそりと小さく口を開いている。

「成程……避けて通るステージギミックか」
「まんまゲームみてえな話だぜこりゃ」

 その会話を聞いて、表情には出さずに内心のみでほくそ笑む。
 「市街地を模した」会場で、「大暴れ」する仮想敵、ねぇ――――この試験、思っていたよりも楽にポイントが稼げるかもしれない。



『”Plus Ultra”(更に向こうへ)!! ――それでは皆、良い受難を!!』
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