今シスコンっつった奴キャニオン何とかの刑だから

ハロー、Mt.レディの妹です。


 とんでもない衝突音とともに、それまで暴れていた敵よりも更に巨大な美女が飛び蹴りを決める。

「――本日デビューと相成りました、Mt.レディと申します! 以後お見シリおきを!」

 下ネタじゃねぇか。
 キタコレキタコレと通りすがりの男性達がカメラを構えだすのを尻目に、わざとらしくお尻をこちらに向けてセクシーポーズをとる実の姉に溜息を吐く。正式なヒーロー活動初日ということではしゃぎまくる内心が透けて見えるようで、思わず遠くから眺めているだけの自分の方が羞恥に駆られた。まあ、身内が華々しいデビューに成功したというところは素直に喜ばしいのだが……あ、今一瞬えげつない顔した。
 そして後方でリアルorzポーズをとるシンリンカムイさん、うちの馬鹿姉が本当すいません。いつか菓子折りでも持参します。そんなことを考えつつそっと合掌していると、ファンキーな頭部をしたおっさんを挟んで近くにいた少年が、ノンブレスでブツブツブツと姉について分析しているのが聞こえてきた。

「巨大化か……人気も出そうだし凄い”個性”ではあるけどそれに伴う街への被害も考えると割と限定的な活用になっていくか? いや……大きさは自在かそれか」

 先生、耳が痛いです。主に前半。

 「Mt.レディ」が敵ごとぶっ飛ばした線路や街並みの一部を遠い目で見つめつつ、そっと意味もなく耳を塞ぐ。やだ学校遅刻しちゃう〜と棒読みで呟いて、くるりと現場に背を向けた。誰かさんのせいで少しばかり土埃の舞う通学路を歩きつつ、もう1度細ーく溜息を吐いた。
 ――私も1年弱後には、アレの卵になってるのかしらん。


 何って、ヒーローの。


 ……などとしんみりして気を引き締めて、その夢を一足早く実現して見せた姉をちょっと尊敬しちゃったりなんかして。帰ってきたらお祝いに美味しいもの食べさせてやろうと腕を振るった夕飯を用意して待っていたというのに。このアホ姉は。

「ちょっとかすが〜聞いてるぅ〜〜〜〜〜〜??」

 岳山かすが、かの難関・雄英高校受験を控えた中学3年生。現在(今日から)現役ヒーローの酔っ払った実姉に、全力で管を巻かれております。

「アタシだって頑張ったの〜! そりゃデビューに浮かれてたってのは否定しないけどぉ、あーんなどでかい敵相手じゃ駅の1つや2つぶっ壊しちゃっても仕方ないと思わな〜い?! 初のお給料がいきなりカットよカット! 仕事したってのに所長もネチネチとお説教してきてさぁ、もー絶対ブラック企業ね訴えて勝つわよ〜!!」
「知らねーよ勝てよ勝手に」

 目の前の料理をひょいぱくひょいぱくと咀嚼する。あ、この刺身美味しい。
 隣の椅子に座ってこちらに抱き着き、力いっぱい頬ずりしてくる姉を適当にあしらっていると、ふと彼女はニタァと嫌な笑みを浮かべた。それヒーローの浮かべていい顔じゃないと思う。

「……はっは〜ん? さては今日おねーちゃんがシンリンカムイと絡んだからってヤキモチ焼いてるなぁあああ? 可愛い奴め〜〜!」
「先輩呼び捨てにすんなや」

 前々から思ってはいたが、この姉いろんな意味で中々にいい度胸をしている。適当な敬語といい態度といい、人形のように綺麗な見た目によらず何て縦社会舐め舐めの女なんだ。そんなところに可愛げがある……というニッチな男性達の言い分も、まあ分かるような分からないような。……私ぜんっぜんシスコンじゃないし。断じて違いますしおすし。
 だ〜いじょうぶおねーちゃんはあんなカタブツよりかすがの方がず〜っとだいしゅきだからぁ!と理解しがたい言語でますますぐりぐりひっついてくる姉をべりべりと引きはがし、再びくっついてくる前に席を立つ。次いでかすがまでアタシのこと見捨てるんだああーと叫びながら食卓に伏した大の大人を冷めた目で見ながら冷蔵庫を開け、目当てのデザートを2人分取り出した。席に戻って片方の皿を姉の前においてやると、音に反応した彼女がそろりと少しだけ顔を上げる。見えるようになったぱっちりとした目が、くるんと丸くなるのが横顔でも分かった。

「…………桃」
「の、タルトね。姉さん好きでしょ、それ」

 驚きの表情はそのままにこちらをばっと振り向いた彼女に、思わずぷっと笑う。

「……物を壊したのは良くなかったけど、暴れる敵を捕まえてくれて助かったよ。私の通学路の近くだって分かったから、張り切ってくれたんだよね」

 姉の個性は、巨大化。微調整がきかないそれの危険性は、ヒーロー科で過ごした学生時代に周囲の人間からうんと指摘されてきた筈だ。現に「耳にタコができちゃう!」と帰宅した姉に愚痴られたことも数知れずだし、今日なんか特にデビュー当日で、周りに気を付けなくちゃと何度も気合を入れていたのを知っている。周囲の建物に被害を出さない取り押さえ方なども習っていたはずなのにそれが頭からすっぽ抜けてしまったのは、その時間近くを通る私を心配してくれたが故のことなのだろう。
 拗らせるとひたすら面倒臭くなるくせに、こういうところがあるから嫌いになれないんだよなぁ。巨大化していない今は自分よりも低い位置にある頭を、笑って数回撫でた。


「助けてくれて、ありがとね」


 呆れはしたけど、ちゃんと見てたよ。感謝しているよ。
 
 茶化すように中途半端に挙げられていた口角が、へにょりと歪む。いつもは澄ました笑みを乗せる綺麗な顔が、段々と子供のようにぐしゃぐしゃになった。ぼろぼろ目尻から落ち始めた水滴を拭ってやりながら、漸く本音を愚痴り始めた女の子の背を空いた方の手で擦る。

「ご、んなはずじゃ、ながっだのにぃ……!」
「んー」
「ほんどは、もっど、ずまーどな、すまーどにね、やりた、ぐで、ひぐ」
「そっか、そっか」
「あだじ、がん、がんばったのに、しょちょ、ひっぐ、ひどいよぉ」
「うんうん、ちゃんと助けてくれたもんな」

 大丈夫大丈夫、明日からはちゃんとできるよ。私の姉さんはMt.レディだもん。
 散々ため込んだものを吐き出して落ち着いてきた姉にそう言うと、彼女は赤ちゃんのような顔でにこーっと笑って寝落ちた。その顔、外でも出せば女性ファンも増えるのでは……と真剣に考えてしまったことは、ここだけの秘密だ。
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