天下のジャンプ作品のタイトルとは言えアレは往来で連呼しない方が良い。え?アレって何だって?アレはアレだよアレ。そう、ハレンチ学園。

シン・チャオ、万事屋のお色気担当(自称)です。


「このチンピラコンビがァァァァァァ!」

 痩せた老婦人とは思えぬ勢いでガンガンガン!!と引き戸を殴りつける家主の大声。

「居るのは分かってんださっさと開けな! そして家賃を払いやがれェェェェェェェ!!」

 ああ、ここから出たとして我々は生きていられるのだろうか? 般若の形相で玄関に暴行を加えているであろう彼女の様子を想像し、フッと思わず遠くを見た。

「……銀さん」
「んだよ静かにしてろって。ババアに聞こえたらどーすんだよ」
「やっぱ恩人の取り立てをスルーすんのはどうかと思うんだわ」
「仕方ねーだろ仕事が来ねーんだから。無い袖は振れねーんだよ」

 皆様おはようございます。またはこんにちは。あるいはこんばんは。あなたのかすがです。
 銀魂編第1訓は、万事屋客間のテーブル下からお送りしております。

「……アレ? 私ただの雇われだから家賃とか関係ねーじゃん」
「ふざけんなここに隠れた時点でテメーも同罪だ。あの約束を忘れたか? アタシたち2人でナンバーワンになるって誓ったじゃない(裏声)」
「無理だよマダオと二次オタが組んでも1位は取れねーよ。毎年ベスト68止まりだよ(裏声)」

 馬鹿丸出しの会話を誰も止めてくれない。ギャーギャーと醜い言い争いを狭過ぎる空間で続けていると、ぬらりと頭上に陰が差した。あっ。

「やっぱり居留守じゃねーかァァァァァァァァァ!」
「「ギャァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアア!!!」」

 ――昔々あるところに、おじいさんのような白髪天パと、おばあさんのような枯れ具合の女オタクがいました。
 おじいさん(略)は腎臓でも何でも売って金作ってこいやと家から蹴り出され、おばあさん(略)は連帯責任で働いて返せとスナックでのただ働きを命じられました。おじいさん(略)が家賃を滞納したばかりに。おじいさん(略)に甲斐性が無いばかりに。
 桃よりおじいさん(略)の頭が真っ二つに割れてくんねーかな。

「いいからさっさとテーブル拭かんかい」
「あだっ!」

 しょうもないモノローグを垂れ流していると、おばあさん(真)にスパァンと後頭部を景気よくやられた。同じく店の仕込みを手伝いに来たホステスの女の子が、私達のやりとりを見てケラケラと笑っている。ちなみに彼女の場合は私のような事情からではなく、あくまでも善意のお手伝いのようだ。
 このスナックお登勢で働いている娘達は、誰も彼もがお登勢さんに恩があったり、彼女を慕っていたりする女性ばかり。人手が足りていないときには、シフトに入ってもいない嬢が明るいうちから進んでお手伝いに参加することも少なくない。最初はしっかり休めと追い返そうとしたらしいお登勢さんも、女将の役に立ちたいのだと鼻息を荒くする娘達に、珍しく押し負けた等と苦々しくも呆れたような笑みを浮かべてそう言ったのだから、その現場を是非見てみたかったと思うのも仕方の無いことだろう。それはやはり、このスナックのママさんの人格が為せる業なのだ。
 健気な可愛子ちゃんホステスの笑顔を見てでれでれしていると、飲食店で時折見かけるレトロな黒電話がプルルと鳴った。……黒電話はジリリンじゃないの?

「はい、こちらスナックお登勢。…………はァ? 何だいそりゃあ、困ったね。……しょうがないね、分かったよ。いや返金じゃなくて、こっちから人をよこすから……そーそー、万事屋」

 言いながら、こちらをちらりと見るお登勢さん。反射的にアントニオ猪木の顔真似をしたがガン無視された。
 そのまま二言三言話して受話器を置いた彼女の口から、ハァッと短く溜め息が1つ。

「……酒屋の配達員が事故っちまったらしくてね、命に別状はないみたいなんだが、今日届くはずだった分の酒が全部お釈迦になったらしい。困るんだよ、常連に頼まれたちょっと珍しい酒なんかも入れてたからさァ」
「貰ってきたらいいんです? ダーッ!」
「うるせーバカ、ついでにバイトしてきな。今日1日配達員やってくれる人間に心当たりないかって言われたからね、紹介しといたよ。あそこ少ない人数でやってるが羽振りは悪くないみたいだからね、そこそこ貰えんじゃないのかい」

 2本の指で輪っかを作るお登勢さん。私の労働がそのまま銀さんの家賃返済に充てられるであろう事実はちょっと解せないが、渡りに船であることは間違いない。
 スナックを辞して一旦2階へ上がり、懐からメモ帳を取り出した。

『銀さんへ 配達の依頼が入りました。夕飯前には戻ります かすが』

 戸のガラスと木枠の隙間に紙を挟み、そのまま階段を降りて軒下に停めてある愛車(中古のママチャリ)の元へ歩く。酒という重い荷物の運搬には心許なさ過ぎる装備だが、万事屋にエンジンのついた乗り物は銀さんのスクーターしかないので仕方がない。そして金もない。
 しゃりしゃりというタイヤの摩擦音と共に走り出せば、とっちらかった猥雑な町並みがゆっくりと後方へ流れていく。昼間の今は比較的穏やかなものだが、夜になれば毒々しいネオンの光が、そこら中の空気をギラギラとぶっ刺し始めることだろう。
 眩しい・臭い・騒がしいと3コンボ揃って、正直忍者の天敵みたいな町だとつくづく思う。

 すれ違う顔見知りから投げかけられる挨拶に片手を振って返しながら進んでいると、これまた見覚えのある人物の影が近づいてきた。黒い制服を着たその人は、胸元に下げたホイッスルをピー、と吹いてこちらに両手を掲げる。

「今から自転車検問しますからねェ〜はいはいそこのクソダサいオンボロ自転車止まって止まってェ」
「お前の心臓が止まって止まってェ」

 本当のことでも言って良いことと悪いがあんだろ。
 勿論1度目の人生でお巡りさんに向かってこんな口をきいたことはない。が、この子が相手だと警察官とはいえ見るからに年下というのもあって、あまり構えることなくポンポンと軽口を叩いてしまうのだ。ベビーフェイスの彼とは顔を合わせる度ダル絡みしたりされたりする仲である。どんな仲?
 そもそもこんな古びたママチャリ(あっ自分で言っちゃった)に盗難の心配もクソも無かろう。

 さてはこの男、またおサボりで暇を持て余しているな。

 呆れた顔を隠すことなく晒しつつも、仕方なしにじわじわとブレーキをかけてやった。一方相も変わらず抑揚の死んだ江戸っ子口調で沖田総悟くん(18)のウザ絡みは続く。

「職務に忠実なお巡りさんにその態度たァ怪しいねィ。車体番号と名前、生年月日、住所及び入手元のスクラップ場を答えろコノヤロー」
「誰の愛車がスクラップだコノヤロー。ママチャリ舐めんなよ、無駄に6段変速とか付いてっからな。ギアが壊れて2しか選べないけど」
「それもう変速してねーだろ。じゃあ車体番号と名前、生年月日、住所及び入手元のスクラップ場は答えなくても良いから後ろに乗せて適当に俺を連れ回せ」
「それもう検問じゃねーよ。ただのヒッチハイク」

 やっぱりサボりじゃねーか。何、適当に連れ回せって。お前は私の彼女か。

「社会人舐めるんじゃないよ、私これから依頼人の所に行くとこなの。子供は土手でフリスビーでもしてな」
「誰がゴールデンレトリバーのようなお利口さんでィ」
「言ってねーよお前はどっちかっつーとチャウチャウ」

 毛の色しか合ってないけど。
 適当な返しをしながら問答無用で走り出そうとすると、沖田くんは片手で荷台を鷲掴み力尽くで発車を阻止してきた。もう片方の手はポケットに突っ込んだままなのがまた憎らしい。一体どんな腕力してんだ。

「乗〜せ〜ろ〜よ〜」
「は〜な〜せ〜よ〜」
「ハイ捜査非協力〜現行犯逮捕します」
「罪状が雑だなオイ」

 懐から手錠を取り出したチンピラ警察に、これは本気でワッパをかける気だと悟る。3次元なら厳罰物だろうがこいつならばやりかねない。
 ……仕方が無い、酒屋さんまで行ったらそこで捨ててこよう。配達あるし。本当に荷台にどしんとお尻を乗せてきたお子様に溜め息を吐きつつ、渋々前方へと漕ぎだした。当然ながら、ペダルは先程よりもずしっと重い。

「クソガキめ。屯所にクレーム垂れたろかチクショー」
「そん時は対応係に土方あんちくしょーを名指しで頼んまさァ」
「頼んまさーじゃないよホントに。お前の神経どうなってんのさー」

 脅しをかけてもどこ吹く風という態度の沖田くんにイラッとしながら進んでいると、今までの路地よりも少し交通量の多い通りに出た。信号灯が赤になったのを見て、ブレーキをぎゅうと掴み速度を落とす。二人乗り自転車に咎めるようなドライバー達の視線が突き刺さるが、その片方が警察官の制服を着ているのと、更に女に漕がせているのを見てさらにゴミを見るようなものへと悪化していく。頑張れ真選組、私は知らない。
 ふと背後の曲がり角から出てきたらしいスクーターが、隣に並んだ。

「「ん」」

 見覚えのありすぎる運転手――先程生き別れになった筈の天パ上司と、少し驚いた顔を見合わせる。これまた馴染み深いスクーターの後ろには、何故か見知らぬ眼鏡の少年がタンデムしていた。

 ……ん? この2人乗りの構図、どっかで見たような。

 胸をざわつかせるデジャブに固まっている間に、信号がぱっと青へ変わる。我に返ってシャコシャコと漕ぎ出せば向かう方向も同じだったらしく、スクーターと自転車が横並びする形になった。
 ひょいとあちらのゴーグルが無造作に上げられ、いつも通り光のない目とご対面する。周りのエンジン音や排気音がやかましいため、お互い微妙に声を張り上げての会話が始まった。

「オメー配達の依頼があるとか言ってた癖にイケメン侍らせて何やってんだコノヤロー!おサボりデートか?! 俺が妖怪ババァに魂取られてもいいってのか!」
「これが侍らせてるように見えてんの?! 眼科行け! ついでにその死んだ魚のような目も治して貰ってこい!」
「だからいざという時はキラめくって言ってんだろーが! 何遍言わせんだクソアマ!!」

 ギャリギャリギャリ!!と年季の入ったペダルに大いに負担をかけながら、そこらの車とほぼ変わらないスピードで何とか走り続ける私。隣の天パとお互い醜い形相で罵り合っていると、水を向けられたイケメンな荷物がのっそりと身を乗り出した。

「アララかすがさんのコレですかィ? どーもー第二夫人の総悟でーす」
「オメーはホントにいっつもいつもよォォォ!!」

 眉一つ動かさずに親指を立てて悪ふざけを始めたクソガキを、ドガッと苛立ちのまま荷台から蹴り落とした。遠ざかる後方で不吉な衝突音やクラクションがハーモニーを奏でているが、どうせ次会ったときにはまたピンピンしていることだろう。タブンネ!
 あいつ何しに出てきたんだろう?

「オイィサボり現場見られたからってお前、殺人はないんじゃないの! やっぱアレか?若い燕ですかァ?!」
「ちげーっつってんだろうるせーな! オメーこそ燕の抜け毛みたいな頭してっから! そっちだってその後ろの子は何ですか? 若い眼鏡ですか?!」

「若い眼鏡って何?!! つーかなんでこの人ママチャリでスクーターに並走してんの?!」

 大人しそうな少年だと思ったが、初対面にも関わらず素晴らしいキレの突っ込みを披露してくれた。驚いたことに、皆大好き阪口さんボイスである。

 ……ん? まさか志村さんちの新八くんか?

 ――あれ、じゃあコレ銀魂第1訓じゃん。Pr○yが流れ出すよ! そんでお妙さんがノーパンしゃぶしゃぶの危機だよ!!
 少年誌としては色々な意味で異色だったためか、数十年前とはいえそこそこ頭に残っていた第1話の記憶が芋づる式に思い出される。とうとうストーリー開始かとはしゃぎそうにもなるが、その裏で今頃卑猥な飛行船に押し込められている女の子の存在を思い出し、ぐっと気を引き締めた。
 やがて海沿いの道へ出る。まだ海遊びをするような季節ではないためか交通量がごっそりと減り、前後共に視界から他の車両が殆ど消えた。

“そこのノーヘル止まれコノヤロー、道路交通法違反だコノヤロー! つーか隣のママチャリどうなってんだ、それすごくね?”

 ファンファンファンと遠くでしか聞いたことのない警報が、自分たちの頭上のやや後方から突然響かせられる。ちらりと見上げれば「大江戸警察」と書かれた飛行パトカーから、ちょんまげの男性が身を乗り出してこちらを怒鳴りつけていた。

「大丈夫ですぅ頭かたいから」
「そーゆー問題じゃねーんだよ!! 規則だよ規則!!」
「サイレン鳴らされたのなんて生まれて初めて……めっちゃショック……」
「ほらァお姉さんみてーなこーゆー繊細な反応が普通なの! いやでも全然足止まってねーな、それすごくね?」
「うるせーな、かてーって言ってんだろ」

 無理矢理にでも停車させるためにだろう、ゆっくりと降下してきたパトカーのお巡りさんに対し、あろうことか頭突きを繰り出した銀さん。こいつ、嘘だろ。
 どん引きしながら目を逸らした先で、なんと例の遊郭と思しき船が低い機械音を響かせて飛んでいた。

「あ゛あ゛あ゛あ゛!! 姉上がノーパンにぃ」
“なんだとォ!! ノーヘルのうえノーパンなのか貴様!!”
「違いますぅノーパンはこの女ですぅ」
「んなわきゃねーだろちゃんと履いとるわ!!」
「みみみ見せなくていいですから!!!」

 突然のセクハラにキレる余り咄嗟に裾をガッと掴んだ私を、真っ赤な顔で必死に制止してくれた新八くん(仮)。セクハラの流れ弾飛ばしてすいません。

「そういえば君、万事屋(うち)のお客さん? スクーターでお姉さんのところに?」
「そのつもりだったんですけど……! もう、」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! 何すんだテメェ!!」

 突然の悲鳴じみた叫び声に、2人してびくりと肩を震わせる。声の方を見れば、何故か先程のお巡りさんに掴みかかっている馬鹿上司の姿。

「新八ィ、ハンドル頼むわ」
「えっ?!」
 
 新八くんが戸惑いながらも言われたとおりに銀さんの脇の下からハンドルを掴む。と、当の本人は膝を伸ばして、何とお巡りさんをずるりと容赦なく窓から引きずり出した。あまりの非道に新八くんと私が硬直していると、片腕を掴まれた新八くんがそのままポイッとパトカー内へと放り込まれる。銀さん自身もパトカーに侵入したため、運転手を失ったスクーターは、当然支えを無くしてこちらへ倒れ込んできた。

「ちょっちょっちょっちょぉぉぉぉお!」
「あ、ワリ」

 安全かスクーターの修理代かで咄嗟に後者を優先した貧乏人根性は、ギリギリのところでハンドルを片手でキャッチ。流石に走り続けるわけにも行かず、スクーターをゆっくり手放して自身もブレーキをかけて止まった。
 中でハンドルを握っていたお巡りさんと競り合っているのだろう、パトカーがやけにふらふらと見ているだけで恐ろしい飛び方をしている。バキとかガコとか物騒な物音が聞こえた後、少しして動きが安定しだした。あれ絶対もう1人のお巡りさん殺ったよね。意識もハンドルも強奪したよね。
 上へ上へと遠ざかる飛行車両から、CV阪口の絶叫とCV杉田の怒鳴り声が次々聞こえてくる。
 …………え? てか私、放置プレイ?


「一応、あの、アレ、自分、転生オリ主……的な……アレなんですけど…………あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛何?! この屈辱と恥ずかしさと一抹の寂しさ!!」


 無性に情けなくなってわっと両手で顔を覆う。第1訓にちょっとしゃしゃれるかも?とか思った私が浅はかだった。所詮心がモブなら扱いもモブ、私にはスクーターの回収係兼酒屋のアルバイトがお似合いということか。突然の卑屈。


 チクショー絶対転職してやる。そう思いました。あれ、作文?

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