ペロッ……これはかわいがり!

ハロー、Mt.レディの妹です。


「個性把握……テストォ!?」

 特別仕様の体操服を受け取りやって来たグラウンドで、生徒達の驚愕の声が響いた。
ソフトボール投げや50m走の為の白線などがいくつも引かれていることから、恐らくは身体測定の要領で各自の数値を出すのだろう。
 「入学式は!? ガイダンスは!?」と茶髪の女の子(麗日お茶子ちゃんというらしい、めちゃくちゃ可愛い名前だ)が最も過ぎる抗議をするも、「ヒーローになるならそんな悠長な行事出る時間ないよ」と相澤先生の取り付く島もない一言の元に切り捨てられる。……今頃体育館では上司に駄々をこねまくって休みを獲得した姉がカメラ片手にスタンバっている筈なのだが、どうやって言い訳しよう。1−Aのパイプ椅子だけがらんと空いた空間を愕然とした表情で見つめる姉の姿が容易に想像でき、こっそりと首を振った。ごめんよ姉さん。しかし私は悪くぬぇー。

「雄英は“自由”な校風が売り文句。そしてそれは“先生側”もまた然り」

 そこで言葉を切った先生は顔だけこちらに振り返り、訳が分からないと言いたげに疑問符付きの沈黙を落とす生徒達に意味ありげな視線をよこす。どうでもいいけどちゃんと寝てんのかこの人。めっちゃ目ぇ血走ってんですけど。

「ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50m走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈……中学の頃からやってるだろ? “個性”禁止の体力テスト。国は未だ画一的な記録を取って平均を作り続けてる。合理的じゃない。まぁ文部科学省の怠慢だよ」

 ……それは個性を積極的に使うヒーロー科の都合であって、寧ろ子供たちが健常な運動機能を持てているかどうかという点を知るならば、今のやり方の方が便利なのでは。いやでもスポーツテストって確か、客観的な評価と情報を使ってその子の身体能力を強化したり改善したりするためのものなんだっけ? なら先生の言う通り個性込々でやってしまった方がテストの意義としては正しいものに近づくのか。
 柄にもなくそんなことを考えこんでいると、突然名前を呼ばれてはっと意識を戻す。

「爆豪、岳山。中学の時ソフトボール投げ何mだった」

「67m」
「87mでした」

 一瞬場が丸ごと静まり返った。やだ……気まずい……。
 私としては寧ろスポーツテスト後、前々世で同じ様な記録を出した小学生が一時期話題になっていたのを思い出して凹んでいたぐらいなのだが、こちらではやはり個性抜きだと頭おかしい数字らしい。いや……多分探せば同じような記録だしてる奴絶対いるよ! いるって! だからこっちみんな!
 私よりきっかり20m短いとはいえ、十分に化け物じみた数値を叩きだしている不良少年――爆豪君は私の記録を聞いて一瞬ぽかんとした顔になったが、すぐにハッと鼻で笑って先生に促されるまま白線でできた円の中に入った。多分あれ見栄張った嘘だと思ってるんだろうな。別にいいけども。

「じゃあお前ら、“個性”を使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい、早よ。思いっ切りな」

 そう言って爆豪くんと私にぽーんと投げられた2つのボールには、液晶画面らしきものが付いている。ハイテクや……。
 ぐっぐと腕や足のストレッチを軽くした後、円の真ん中で片足立ちになる。そのまま地面に置いた右足の大きさが円の8割程を埋めるまで巨大化すると、おぉっという歓声が背後から聞こえてきた。初見の人にウケが良くておばちゃんは嬉しいよ。しかしボールは爪1枚ぐらいのサイズになってしまったため、却ってあまり遠くへは飛ばしづらいかもしれない。――仕方なくそのまま、左足は円の外に踏み出してしまうぐらいのつもりで、ギュンッとボールをぶん投げた。

「……円から出んなっつったろーが」

 分かってますって。
 舌打ちせんばかりにぼやいた先生に内心だけで返事をしつつ、左足が地面に付きそうになる寸前、『最後の仕上げ』に入る。円の面積いっぱいに巨大化せず、少しだけスペースを残しておいたのはこの為だ。

 例え話をしよう。Aというライン、そこから何mも離れて、Aの右側にはB、左側にはCという2本のラインがあるとする。私が最初にAラインを体の中心に来るよう跨いで立ったとすれば、巨大化した時次に最も私の体の真ん中に近くなるのは、3本の内どのラインだろうか。――正解は『どれもあり得る』、だ。
 私が左足を定点として右方向に巨大化すれば、答えはBライン。体の真ん中を軸にしたままぐっと大きくなれば、中心はAラインのまま。右足を軸にして左方向に大きくなれば、当然Cラインへ近づく。
 自分が指定した点から好きな方向に楕円や四角を好きな大きさに描ける、パソコンのペイントツールを思い出してもらえれば早いかもしれない。要するに私は、巨大化する際に体のどこを軸とするか、どの方向に巨大化するかを選ぶことができるのだ。そしてそれは、個性を解いて元の大きさに戻る時も然り。

(定点を、最も後方にある右足に指定――――個性、解除!)

 しゅるん、と空中で完全に元のサイズに戻れば、何とか前方に残しておいたスペースのお陰で右手がまず円の内側に着地する。結構ぎりぎりだ。そのまま先の踏み込みの勢いのせいで円の外へ飛び出しそうになったのを、腕力に物を言わせて持ちこたえる。肘を曲げてばねの様に体をしならせ、トンと後方の地面に足を付けた。まるで爆転を後半だけ再生したようなモーションである。
 途中で隣からとんでもない爆音が聞こえてきたので、多分爆豪君も丁度投げ終わったところだろう。お互い自分の投球に集中していたのでどんな投げ方をしたのかは分からないし多分向こうも見ていないだろうが、はて結果はどうだろうか。相澤先生の持つ2枚のプレートからそれぞれピピッと電子音が聞こえてきたため、恐らくはそちらに数値が表示されるだろう……と思ってそちらを振り返ると、黒い死んだ魚のような目とバッチリ視線があった。

「――って何すかその笑顔怖ッ! トトロか!!」
「教師に向かって失礼な生徒だな。失格にしてやろうか」
「パワーハラスメント! パワーハラスメント!」

 確かに出会って初日の先生に要らん口を叩いた私も悪かったとは思うが。私の抗議を無視して手元に視線を落とした相澤先生は、2枚のプレートを一塊になっている生徒達の方によく見えるよう突き付けた。あの、私と爆豪君が見えないんですけど……自分の記録なのに。

「まず自分の『最大限』を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

 差し出されたプレートと私達のそれなりに派手な投球を思い出してか、クラスメート達がわぁっと盛り上がる。大丈夫か、相澤先生そういうの嫌いそうだぞ……。

「なんだこれ、すげー『面白そう』!」
「2人とも705mってマジかよ!」
「“個性”思いっきり使えるんだ!! さすがヒーロー科!!」

 思った通りお遊び気分ではしゃぎ出す生徒達と一気に冷めた表情になる相澤先生との温度差に、私はもう風邪を引きそうだ。ついでに「2人とも705m」発言辺りから隣の円からすげーギラギラした視線が突き刺さってくるんだけどこれどうにかなりませんか? なりませんか。

「……面白そう……か。ヒーローになるための3年間、そんな腹積もりで過ごす気でいるのかい?」

 ゴオッと迫力の擬音を背負った先生に生徒達もようやく気付くが、もう遅い。

「よし、トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」
「「――――はあああ!?」」

 よし今日の昼はカレーにしよみたいなノリでとんでもない決定が下されたが、肝心の先生が嘘でーすなんて言ってくれる気配は微塵もない。この状況でも自重しない私の脳内で、ラ○オンのサビが流れ始めた。生き残りたい。
 浮足立っていた少年少女達の雰囲気が、ここに来て漸くビリリと引き締まる。先程私に向けられたのと同じ笑顔で、個性なのか目を赤く光らせながら、我らが担任は不敵にニヤリと笑った。


「――生徒の如何は先生(俺達)の自由。ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ」
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