とーもーだーち、できるかな(沈痛)

ハロー、Mt.レディの妹です。


 ガラス張りの高層ビルの如き巨大な校舎が4つ、正方形を描くように隣接しており、その間を結んで走るこれまたガラス張りの渡り廊下。そんな構造のせいで東西南北どこから見ても「H」の形をとっている、今日からお世話になる学び舎を見つめて、私は感慨深さに溜息を吐いた。
 ところで恐らくはヒーロー(HERO)の単語に由来してああなっているんだろうが、正直下ネタにしか見えないのは私の心が穢れているからだろうか。


 前世では文字通り日の出と共に起床することが常だった私の朝は、早い。早いのだが、毎朝10キロのランニングと弁当や朝食作りというそこそこ忙しいところから1日が始まるため、朝は学校の教室で1番乗り〜とか出来た試しがない。遅刻もしないが。
 それは高校入学初日な今日も同じことで。がらりとやたら大きな教室の扉を開ければ、そこそこの人数が既に席を埋めていた。そんでもってこうしてクラス替えなんかで新しい環境に入った時には、初対面の子達にざわ……ざわ……されるのも慣れたもんである。向こうは慣れたらすぐにガッカリしやがるけど。

「わ、すっごい綺麗な子……」
「人形みてぇ」
「可憐なり……」
「うひょーおっぱいでけぇ! おっぱい!」
「でも、ちょっと冷たそうな雰囲気だね……話しかけても怒らんないかな」

 こっっゆいな1−A。
 もう全体的に突っ込みたい。特に1番最後の子、全然そんなことないから。私めっちゃ馴れ合うから。だから勇気持って話しかけようぜ! トークトゥミープリーズ! ずっとずっとトモダチ! ナデナデシテーファーブルスコファー! やばい昨夜の寝不足が響いてる。
 思わず目の間のツボをそっと押さえながら黒板にある座席表を確認しに行こうとすると、見知らぬ人からではなく身に覚えのある熱い視線が、2つほど突き刺さっていることに気が付いた。

「――おお、久しぶり」
「岳山さん! 受かってたんだね、良かった。ほっとしたよ」
「酷いなーそれ。私は2人なら合格してるだろうと心の底から信じて登校したというのに君って奴はさぁ」

 わざとらしく軽口を叩いて唇をつーんと尖らせると、私が本当に気を悪くしたと思ったのか、熱い視線の持ち主1号――もとい久々に会う友人・尾白猿夫君は慌ててぶんぶん首を振った。何故か尻尾まで連動していて笑いそうになる。

「え?! あっいやいや、そういう意味じゃなくて! 葉隠さんがさ、同じクラスなんだけどずっと気にし」
「だぁっ、だげやばぢゃぁああああああ――――ん!!!!」
「キョッ」

 視界の隅っこから見覚えのある透明女子がこちらに駆けてくるのは分かっていたが、まさかここまで勢いをつけて飛びつかれるとは思っていなかった。女の子1人の体重位なら受け止めたところで何ともないのだが、私が不動でいると衝撃が全て彼女に跳ね返ってしまう。そんな思いから僅かに重心を後ろにやったのがまずかったのか、私はそのままズドム!!とえげつない音を教室中に響かせて後頭部から黒板に激突した。抱きつかれた際にちらりと漏れた奇声は、衝突音に紛れて消えたと思いたい。
 
「………………ヒサシブリダネ、ハガクレサン」
「う、うがっででよがっだぁああ! あのね゛、あだじのせいでおぢでたらどうじようって、ごめ、ごべんべぇええええええ」
「日本語で頼む」

 卸したての制服の肩の辺りが早速湿っていくのを感じながら、冷静に腕時計で時間を確認する。始業時間までそう余裕がある訳でもないので、できれば早くに席に着きたいところだ。そしてクラスメート達の視線がとても痛い。
 どうどうどうと制服に包まれた背中を擦って宥めていると、尾白君や透ちゃんとはまた違う感じでデジャヴを覚える眼鏡男子が椅子から立ち上がって歩いてきた。この年で七三分けツーブロックという勇気あるチョイスをしており、体格とか顔や目の形とか動きとか、色んなものがカクカクしている。何だろうこいつ絶対会ったことあるんだけど。思い出せずに少しばかり悶々としていれば、少年は冷や汗をかきながらもこちらに向かって口を開いた。

「君達、その……そこの女子は大丈夫なのか? 随分派手に後頭部をぶつけていたが」

 必要なら保健室まで付き添おうか?とまで言ってくれる眼鏡君の親切さに、流石ヒーロー科だぜ……と思わず感服する。高校生活初日で金髪の女が透明人間と衝突して黒板にめり込んだ挙句謎の修羅場を展開してるんやぞ。私なら状況にどん引いたままエンガチョやぞ。……いや引いてはいるんだろうが。
 見た目だけで人を面白がったことに深く反省しながら(いやごめん今でも面白いわ)、しがみついたままの透ちゃんに体重をかけられてやや傾きつつも、眼鏡少年に向けてグッと親指を立てる。

「大丈夫、私頭は引くほど頑丈に出来てるから(前世で実証済み)」
「そ……そうなのか? しかしアレは流石に」
「――ていうか、『ソレ』どうするんだい?☆」

 私が入ってきた扉から1番近い席に座っていた、何というか非常に独特なオーラを纏う金髪の男の子が、若干青ざめつつも私達の後ろをぴっと指差す。
 それにつられて恐る恐る背後を振り返ると、ちょうど私の頭分の大きさの凹みと、黒板の4分の1ほどの面積に放射状の罅が走っていた。おい私の後頭部どんだけ硬かったの。石頭の自覚はあったけど流石に自分でどん引いた。

 透ちゃんと2人で背景にベタフラを展開していると、ガラッと教室の扉が唐突にスライドした。そこからクリーム色のツンツン頭の少年が、お世辞にも丁寧とは言えないドアの閉め方をした後、片手はポケットに突っ込んだままズンズンと歩いてくる。不良だ、とクラスメートの誰かが小さくつぶやいたのが聞こえた。
 教室の前方で突っ立っている私達3人を見て「ア゛ア?」と柄の悪すぎる疑問符を飛ばしたものの、すぐに興味をなくしたのかふいと視線を背けて彼のものと思しき席へと向かう。その前に一瞬黒板の前にいる私を見て、さらにそこからちらりと視線がずれたのは、貼り付けてある座席表を確認したからだろう。黒板の罅はスルーか、何だその豪胆さ。その上そこで普通に腰かけときゃいいのに、目つきの悪い(私もあんまり人のこと言えないが)その不良君はドカッと片足をピカピカの机の上に乗っけて座ったのである。勿論このヒーロー科の教室で同じことをしている生徒など1人も居ない為、この数十秒足らずで少年は既に浮きまくっていた。お前……この思春期にぼっちが恐ろしくないだと……?とその鋼鉄メンタルに戦慄していると、眼鏡君は律儀にも「話の途中だが、すまない」とこちらに声をかけた後、つかつかとツンツン頭君の座る席に歩み寄った。

「机に足をかけるな! 雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないか!?」

 製作者まで遡っちゃうのか。偉いけど何かずれてるな君。しかしやたら根性ありそうな不良君が、そんな注意に「はいゴメンナサイ」と素直に頷くはずもなく。というか本当に頷いたらそれはただの情緒不安定だ。

「思わねーよ! てめーどこ中だよ端役が!」

 どこ中だよって言う不良初めて見たわ。やばい笑いそう。KYな感想を抱いていると、教室の外でおどおどしていた気配が漸くひょっこりドアを開けて入ってきた。眼鏡少年、基飯田君と緑髪の気弱そうな少年のやりとりの後、さらに後ろから入ってきた少女がこれまた緑髪の子の知り合いだったらしく、わちゃわちゃと席に着きもせずそこだけ少し騒がしくなる。私と透ちゃんはとっくに離れていたが、飯田君とは一応会話が途中であるため何となく勝手に席に行きにくくて「どうする?」「座る? え?」とそわそわしていた。
 しかし収拾がつかなくなってきたなあと思った丁度その瞬間、鶴の一声が響き渡る。

「――お友達ごっこがしたいなら他所へ行け」

 ちょっそこ茶髪の女の子のスカートの中見えちゃうんじゃね?という空気読まない感想が浮かんでしまう位の近距離と角度ではっちゃけた登場の仕方をした男性――我らが担任・相澤先生は、芋虫の如くのそのそと起き上がる。そして入っていた寝袋から雄英の体操服と思しき衣類を取り出した後、ビッと生徒達に向けて突きつけた。

「早速だが、コレ着てグラウンドに出ろ」

 入学式はよと突っ込む前にあることに気が付き、私はふと手を上げて先生に声をかける。

「先生、それひょっとして私の体操服ですか?」
「ああ。お前が岳山かすがだな」

 巨大化の個性を持つ、と暗に言われたと思う。受験の際に提出した写真か何かと照らし合わせてでもいるのか、じっと私の顔を見る相澤先生。他の生徒は体操服なんて皆入学前に購入しているはずだが、私の場合個性が個性なので普通の素材だと力を使うだけでびりびりーっと服が破けてしまうのだ。レオタードが勝手に装着されてくれる訳でもないのでリアルキューティーハニーとか言った奴はお目目を潰して強制的にシクシクさせます。
 学校側にその辺りを相談したところ、「特殊な布を使った服を用意するから心配しなくていい」とのお言葉を頂いたため、有り難くその提案に乗ったのである。他にも体中から針を生やす個性や全身の筋肉が大きく膨張する増強系の個性の持ち主などがいたりするため、その手の相談は珍しくないのだとか。確かにいちいち服に穴が空いたり破けたりで買い直すのも、服を気にして力を発揮できなくなるのも馬鹿馬鹿しい。
 ただ巨大化の個性を持つ生徒は珍しく、久々に入学してきたため、用意できるのはぎりぎりになるだろうとも言われていたのだ。まさかわざわざ担任の先生が持ってきて下さるとは思っていなかったが。寝袋で一緒に入っていたそれを渡されるとも思っていなかったが。ビニールに入ったそれを受け取りながらお礼を言うと、生徒達の好奇の視線がちくちくと突き刺さった。それらを無視して服を取り出し正直に「うわ生温かい」と溢すと、先生に文句でもあんのかワレェと言いたげにじろりと睨まれる。私悪くなくね?
 あまり好調とは言えない感じの1年のスタートを感じながら、ふと私の背後に目を向けた相澤先生の視線を辿り、思い出したくもなかった現実を思い出してしまった。隣りにいる透ちゃんと一緒に、決まり悪さのままがちっと硬直する。

「………………おい、何でもう黒板に罅が入ってるんだ」
「「すみません」」

 ……「もう」ってことは、雄英では黒板に罅が入るのは日常の一環なのか。こえーよ。
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