10.フラグが死んだ!この人でなし!

ハロー、Mt.レディの妹です。


(轟視点)

 推薦入学試験に合格した生徒は、一般入試の実技試験の様子を見学することができる。面接でお世話になった無精髭の目立つ男性教師にそんなことを知らされて、今後の参考にでもなれば御の字か、と肯定の返事を返した。
 憎らしくも持って生まれた強力な個性と、幼い頃から鍛えられ続けた体。自惚れでも何でもなく、自分の実力は入学者の中でもトップクラスに位置していると自負している。いざモニターに投影された中継映像を見てみれば、やはり言い方は悪いが、お遊びにしか映らないような戦いが殆どだった。しかし中には凄まじいタフネスで仮想敵を撃破していく男子生徒や、触れただけで重厚なロボット達を浮かせ無力化する女子生徒など、やはり雄英を志すだけのことはあるというような受験者達もちらほら見える。ある者は卓越した実力で獲物を吹き飛ばし、またある者は特異な力を上手く生かして有利を得て。
 ――そんな中で、良い意味でも悪い意味でも異彩を放つ受験生がいた。

 見えない試験官に誇示するように誰も彼もが派手に個性をぶちかます中、ひたすら金属棒で仮想敵を破壊し続ける女子。

 この試験には向かない個性なのか、それとも見えないだけで既に発動されているのか。はたまたまさかの無個性か。時には正面から殴りかかり、時にはロボットが他の受験者に狙いを定めた瞬間に不意討ちし。時には泥臭く組み付いて、ロボットが故障して煙を上げるまでパーツの隙間と隙間に武器らしき棒をぶっ刺し続け。点数だけを見れば個性を存分に発揮する周囲には寧ろ一歩及んでいないぐらいなのだが、正直動きがサバイバー過ぎていろんな意味で目を離せない。
 同じようにモニタールームに集まっていた推薦入学者達も、今では息を詰めて同じ人間を見つめているようだった。個性を使って戦い続ける受験者の方が遥かに派手で、効率よく、そして華のある戦闘をしているはずなのに、どうしてかその姿に視線を奪われる。余りにもちょこまかと動いているせいで顔はよく見えないが、その金髪は雑然としたフィールドにあって酷く浮き上がって見えた。

 その時同じくカメラの視界に入りこんでいた受験者の1人が、2Pの仮想敵に背後を取られた。ギュィイン、と地面を削らんばかりの駆動音で漸くその存在に気付いたようだが、彼が回避するよりも振り上げられた鋼の太い腕の方が遥かに早い。この場にいる生徒の1人が「あいつ終わったな……」とやや不謹慎ながら断言し、それに内心誰もが頷いたその瞬間。しかし3メートルはあるだろう重厚な戦車のようなロボットを、細いバールが軽々と薙ぎ倒した。
 横殴りに打撃を食らった仮想敵はといえば、直線上にあった建物の壁に勢いのまま倒れ込んでくる。しかしそれは偶然にも、自分たちが見ている映像の1つを中継する隠しカメラが設置されているビルだった。窓を挟んで向こう側にあった景色が、壁ごと破壊されたことで強制的にクリアになる。しかし試験に支障をきたさない為かカメラは余程頑丈に作られているらしく、容赦なく吹っ飛んでくる瓦礫や土埃にもブレ1つしない。そのお陰でこれほどまでの無茶をやらかした人物の輪郭が、初めて静止した状態で映し出された。

 逆光と立ち込める土埃、それに壊れた仮想敵の残骸のせいで、首から下の服装を判別することは難しい。シルエットから、恐らくは身軽に動けるジャージか何かだろうか。首を傾げるような動作をしていることから、壁の向こうに現れたカメラの存在に驚いたのかもしれない。顔も恐らくは整っている方だろうということぐらいしか分からず、同じ観戦者たちも小さく溜息を吐いたり、もどかしげに拳を握ったりしていた。
 するとその時彼女の背後から微かな風が吹き、人工的ないやらしさのない金色の髪が、柔らかく風に靡く。その身を包んでいた砂色の靄がほんの少しだけ晴れたが、結局その顔立ちを露わにするには至らない。
 ただ暗がりの中で獣のそれのようなきらめきを見せた、明るい緑色の目が、酷く瞼の裏に焼き付いた。


 瓦礫の雨を浴びてもびくとも揺れていなかった景色が、突然上下に揺れ始めた。今になってカメラがおかしくなったのかとも思ったが、ばっと背後を振り向いた女子生徒の様子からしてそうではないようだ。どうやら呆れたことに、揺れているのは景色そのものの方らしい。事前に説明された実技試験の内容を思い出し、すぐ巨大な仮想敵の存在に思い当たった。恐らくこのカメラが映し出す地点の傍に、そいつが来ているのだろう。
 つい先程2P敵から助け出された男子生徒が手を伸ばして何か言いかけたのに気付いているのかいないのか、彼女は踵を返して走り出した。恐ろしいまでの速度で小さくなっていく背中を見て、ふと思う。

 普通なら、0P敵に怯えて一目散に逃げだしたと考えるのが自然だ。しかし何故だろうか。あの女子の場合、寧ろそいつに向かって駆け出したんじゃないかと思ってしまうのは。
 ――そしてその予感の正しさを知るのは、また別のカメラから映し出された0P敵付近の様子を中継する映像を観た時だった。


(葉隠視点)

「――――はァいそこまで」

 私達の背後から頭上を通り越して伸びた大きな掌が、0Pギミックの手を友達にするように正面からぎゅっと握りこむ。けれど次の瞬間、その手は容赦なくギミックの手首から先を粉砕した。サイズはともかく通常の人間と同じ形をした手があの金属の塊を、まるで土塊か何かのように握り潰したのだ。
 桁違いのパワーに、それまで迫っていた危機を一瞬忘れて、庇ってくれた尾白君と一緒に思わずぽかんと上空を見上げる。視線を掌、手首、肘、肩――と恩人の体の上へとなぞっていくと、何とそこには見知った顔が乗っかっていた。

「た……岳山ちゃん?!」
「オーイエスオーイエス。呼ばれてないけどじゃじゃじゃじゃーん、ガイ様華麗に参上」

 ガイ様って誰だ。
 思わず呑気な突っ込みが脳裏をよぎる(多分尾白君と被った)が、それ以上に緊張感がないのが目の前の友達だ。けれど彼女がポイント稼ぎを放り出して私達を助けに来てくれたのは明白で、その事実にじんわりと視界が滲む。しょっぱなから頼もしさを見せてくれたこともあって思わず力の抜けてしまった体を、尾白君が慌てて支えてくれた。そういえば格好いいことを言って最後まで守ろうとしてくれた尾白君に何だか不思議な気持ちを抱きかけたような気がするけれど、今はそれもすっかり無くなっている。気のせいだったかな?

「あ、ははは…………ほんとに救いの女神だったなぁ」
「……? 葉隠さん、今何か言った?」
「ううん、何でもない。それにしても……岳山ちゃんの個性が巨大化だったなんて」
「ああ、俺も度肝抜かれちゃったよ……」

 未だにちょっと呆けた様子で岳山ちゃんを見上げる尾白君につられて、私ももう1度彼女に視線を戻した。掌こそ岳山ちゃんの方が大きいけれど、巨大化した身長はそれでもギミックの半分強ほどしかない(勿論私達と比べれば段違いなのだけど)。しかし軽口を叩きながらも窓ガラスみたいに大きくなったその眼は、怯みもせず、かといって油断もなく相対する仮想敵を見つめている。もう一方の鋼の腕が岳山ちゃんに向かって振り上げられたけれど、そちらも難なく空いていた右手でガシリと受け止められた。ただし質量も(岳山ちゃんには失礼だけど)それなりにあるであろう両者の衝突は、それだけで周囲に影響を及ぼす。
 お腹の底から響くような衝撃と共に、辺り一帯が大きく震動する。障害になっている岳山ちゃんを押し負かそうと仮想敵が巨大なキャタピラを地面を巻き込む勢いで回転させ始めたけれど、岳山ちゃんの方はびくともしない。代わりに、踏みしめている部分の道路に罅が入り始めていた。私達がそれに巻き込まれることを懸念したのか、ほんの一瞬こちらに視線をやった彼女は、次いで何かを決めたようにグッと口元を引き結ぶ。

「――人の、友達を、泣かすな!」

 そう言って右足を一歩踏み込み、更にパワーを込める――と思われた彼女は、何とギミックと押し合う為に込めていた力を、唐突に右方向へと逃がした。元々もう一方の手を奪われて重心が不安定になっていたギミックは、それだけでキャタピラをギュルンと空回りさせてあっさり傾く。駄目押しとばかりに岳山ちゃんが左方向へと足払いをかけたため、建物を巻き込むことすらなく、ちょうど大通りのど真ん中に巨大なロボットは倒れ込んでくる。
 そしてロボットが着地する前に、岳山ちゃんは屈みこんで私の上にあった瓦礫をポイポイとどかし、私と尾白君を素早くその大きな手の上に拾い上げた。彼女が立ち上がった拍子に急速に高くなった視界に2人ともびくっとしたけれど、次の瞬間ロボットがすさまじい衝撃と共にドォンと着地するのが見えて、その行動の意図に気が付く。今の揺れの拍子に私達が今度こそ瓦礫の下敷きになったりしないように(私の上には唯でさえ重たいコンクリートが乗っかっていた)、安全地帯へと避難させてくれたのだろう。というか、あの重たいギミックを転ばせてから倒れるまでの間に(彼女から見れば)ミニチュアサイズの私達を拾うって、どれだけの器用さと敏捷性があればできることなんだろう。

 目を白黒させながらも、ふと先程の岳山ちゃんの発言を思い出して恥ずかしくなり、ごしごしと目尻を拭う。私が泣いてても傍から見たら空中に小さい水滴が浮かんでるようにしか見えないと思うのだけど、どうして気付いたのだろう。今更自分でほじくり返すのも恥ずかしいので、これはどちらかと言わなくても恐怖じゃなくて安堵から来た涙だよ、とは心の中だけで訂正する。
 それから漸く口を開いて尾白君と2人でお礼を言うと、横たわったままキャタピラを空転させるギミックを睨んでいた顔が、ぱっとこちらを向いた。バスの中で談笑していた時とは打って変わって冷めた表情を浮かべていた面差しが、途端にふわんと子供のような笑顔になる。綺麗な子が冷たい顔をしていると怖いな〜と正直ちょっぴり思ったので、出来ればいつもそういう顔をしていて欲しいなあと思う。見かけによらず絶妙な力加減で、親しみを込めた様子でちょいちょいと私達の頭を突っついた岳山ちゃんは、次に同じ指でギミックの方を指差した。

「仮想敵はこんなんだし、倒れ込んだ時に無事だったほうの腕もバッキリいったみたいだから、この調子ならまず起き上がらないと思う。あと何分残っているか分からないけど、適当に仮想敵が集まってる場所に降ろすから、」

 その言葉を遮るタイミングでバチリと何かが爆ぜる音がした後、ガガガガガッと耳障りな駆動音が響く。恐る恐る彼女が先程指差した方向に、全員が顔を向けると――何と器用にも手首を奪われたほうの腕一本を使って起き上がったらしい仮想敵が、ボワァと頭部の穴に光を宿してこちらを睥睨していた。心なしか、そのライトの色が今までよりも攻撃的に見えてしまう。

「――な、あれでまだ動けんのかよ……?!」
「ど、どうやったら倒せんの……!」

 同時に顔を引き攣らせ、さっと青ざめた私や尾白君とは対称的に、先程真っ先に「起き上がれないだろう」と断言したはずの彼女はすっと感情の読めない真顔になった。今度はロボットでなくそちらにヒィと悲鳴を上げかけた口を慌てて塞いでいると、岳山ちゃんは恐ろしい表情とは対称的に気遣いの滲む仕草で、ゆっくりと彼女を挟んでロボットとは反対方向の道に私達を降ろしてくれた。広い通りのど真ん中で、そう――彼女がどれだけ暴れても、物が落ちてくることがないような。

「た、岳山ちゃん……?」
「岳山さん、その、今から何を……」

 するつもりなの、と聞きたかった2人の言葉は、目の笑っていない満面の笑みを向けられてひゅっと喉の奥に引っ込んだ。命が惜しいです、安西先生。
 今度こそ地に足つけて――ではなくキャタピラつけて突進してきた仮想敵の右腕を、同じく右腕で先程よりも明らかに力を入れて掴み、引き寄せる彼女。倒れ込んだ拍子に故障したらしい左腕は骨折した人間のそれのようにぶら下がっているけれど、完全に背後に回ったところで、岳山ちゃんは微塵も躊躇せずその背中を踏みつけ、無理矢理ぐいとそんな両腕を後ろで纏めて抱え込んだ。その仕草に、資源ごみの日にお母さんが新聞紙を踏んで紙紐で束ねる姿を想起してしまったことはきっとこの先誰にも言えないだろう。普通なら相手のお腹に回されるだろうその腕ががっちりと背後でギミックを固定し、唐突に岳山ちゃんがギミックを巻き込んで限界までのけぞる、そう、これは――


お手本のような、大変綺麗なバックドロップが決まった瞬間だった。


「――――恥ずかしいだろうがァ!!!」
『ギュッ?!』
 
 ドガシャァンだかメギョッだか分からないけれどとにかくえげつない音を立てて、仮想敵が今度こそ沈黙した。
 両者に圧倒的な身長差がある中で、無理矢理かまされたバックドロップ。それに代償を払わされるのは当然、技をかけられた側だ。恐らくは首から胴体に当たる部分の、鞭のようにしなって受験者達に恐怖を与えていた蛇のようなパーツは見るも無残に真ん中からへし折れ、バチバチと音をさせてそれっぽいコードや電気系統を晒している。1番酷いのは地面に直接叩きつけられた頭部で、真ん中から上が360度見事にひしゃげたせいで、いっそ最初からそういう形状だったんじゃないかと言いたくなるような前衛的な姿だ。
 そんな惨状を見て漸く我に返ってくれたらしい大きな友人は、オゥフ……と少しばかり自分のやらかしたことに青くなりながら口元に手を当てた。今までの暴れっぷりとは真逆の態度に私と尾白君が思わず顔を見合わせてぷっと噴き出した瞬間、あまり聞きたくなかった音声がキィーンと耳をつんざく。


『終・了〜〜〜〜〜〜!!!!』


 ――こうして2人の素敵な友達を得て、私達の雄英高校入学試験は終わりを告げた。
 ちなみに私ととある推薦入学者君が、それぞれ異性の受験者に全く同じ感情を抱きかけ。それでもってお互い目の前で披露された特撮張りのバトルに全てを持っていかれたせいで、綺麗さっぱり忘れてしまった甘酸っぱい何かのことは、また別の話だ。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -