金緑 | ナノ
わからないとは言わせない
 総じて、五月蝿い人間に囲まれたものだと思う。しかし、別段それが嫌な訳でもない。寧ろ、ある種の心地好さすら覚えていた。人付き合いに不向きである自分自身にとっても、時には感情を剥き出しにし、本音をぶつけられる相手が出来たことは、成長する過程において良い傾向であると言えよう。
 ただ、あくまでもそれまである。それ以上もそれ以下も、己の内には存在していない、筈だった。

「俺、グリーン先輩のことが割と、いや、本気で、好きなんスよ。ああ勿論、恋愛感情で」
 例えば明日の天候について話題を持ち掛ける程度の軽さで紡がれた科白は、グリーンの堅物と称される頭を痛めるには十分すぎるものだった。
「……俺は男だが」
「そんなの、とっくに知ってますけど」
 浮かび上がる内で最も当たり障りのない返答を一蹴し、ゴールドはああ、とひとり合点がいったように頷く。
「もしかして、偏見ありました?」
「いや……そういう意味ではないが……」
 “そういう”恋愛観を持つ人間が存在することは存じているし、そうだからと、差別をしているつもりもない。
 問題なのは、何故相手が自分に対して慕情を抱いているのか、そこにある。第一、軽いゴールドのことだほんの冗談のつもりで口にした可能性だって、十二分に窺えるのだ。
「どうして俺なんだ」
「……じゃあ、誰ならあんたは納得するんスか」
「それは、」
 知らず、言葉を詰まらせる。普段の、飄々とした態度からは感じさせぬ苛立ちと真剣味を帯びた瞳に、らしくなく、背筋を得体の知れぬ恐怖が走り抜けた。
(誰、なら?)
 瞬間的に脳裏を掠めたのは、眼前の後輩にとっても越えるべき目標であろう、好敵手の姿。
 或は、快活な笑顔を見せる、行儀のよろしい二つ結びの女。
 若しくは――…?
 いずれにしろ、自分とゴールドではあまりにも違いすぎると、グリーンは思うのだ。
 この無鉄砲な男の横に立つのは、向日葵のような人間なのだろうと、以前から深層心理の底で勝手に決め付けていた。
「俺、は……」
「ああもう焦れったいんスけど」
「ッ、あ、」
 鼓膜に焼き付いた舌打ちの直後に、ぎしぎし、二人分の体重を受けるソファーが嫌な音をたてる。
 恐る恐る、緩慢な動作で顔を持ち上げた。散らばった前髪を整えられ、そのまま視線が交わることに躊躇してしまう。
「俺が欲しいのは、あんたが俺をどう思っているのかってことだけッスけど。難しい問題じゃないでしょう?俺は他の誰でもない、あんたが好きなんです」
 お互いの呼吸に触れるまで近づいた唇が、皮膚を粟立てる。グリーンは上擦りかけた声を押さえ込み、果たして取り繕えたのかすら怪しい平静で、どうにか逃れようとしていた。
「すまないが、俺は、よくわからない……」
「好きか、嫌いかも?グリーン先輩て誰かに恋したことないんスか?」
「は?……ゴールド、お前ッ、」
 ねえ。低く落とされた猫撫で声を発する唇で自分のそれを塞がれ、グリーンはいよいよ思考が追いつかなくなった。
「ふ、ん、ぅ……!」
 無遠慮に侵入する生暖かい舌の感触に思わず瞳を固く閉じ、身震いする。恥ずかしいがキスでさえ、生まれて初めての体験なのだ。抵抗しようと試みるが、上手く力が入らない。
 何度も角度を変えては深くなっていく未知の行為に、結局されるがままに弄ばれ、漸く解放された頃にはすっかりと息はあがり、頬は上気し、目尻には涙の膜を薄く張るという、何とも情けない状態だった。
「はっ、はっ……」
「……うわ、先輩、その顔すっげえヤバい」
 蕩けた眼差しに愉悦しながら、ゴールドは問う。
「ねえ、俺にキスされんの、嫌でしたか?」
 答えなど聞かずも理解しているといった、自信に満ちた笑みである。グリーンは最早何も言えず、ただ呆然とつい先刻までは意識すらしなかった後輩を見上げていた。
「もう、わからないとは言わせませんから」



続くかもしれない
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