俺の家には犬が住み着いている。といっても本当に毛の生えた獣が我が物顔で居座っているわけではない。そいつの行動が大型犬のそれにしか見えないからそう捉えているだけである。合鍵を渡して以来、そいつは好きな時にひょっこりと現れ、また気が済めば立ち去るようになった。
「グリーン、ねえ、グリーン起きて」
潜り込んだ布団の端から覗く茶色の髪。肩を揺らしてもグリーンは不機嫌そうな声を漏らすだけだ。
「グリーンてば」
「んん……」
グリーンは朝に弱い。いつもは早起きだが、流石に日曜ぐらいはゆっくりとしたいらしい。加えて昨晩は遅くまでアルバイトだ、相当疲れているのだろう。グリーンは無理ばかりする。
勿論そのまま寝かせてやりたいが、そういう訳にもいかない。
なんせ先程からぐうぐう、腹の虫がやかましい。はっきりといえば、三日前から何も口にしていない。いい加減に倒れそうだ。
「……悪いけど、」
無理矢理にでも起こすよ、ごめんな。
グリーンを覆い隠す布団をめくり、体重をかけないよう跨がる。そのまま白い首筋へ、緩慢な動作で舌を這わせた。
「……ぅ、んっ……」
ついでにぢゅう、と吸い付き、赤い痕も残す。後で殴られるかな、まあいいか。グリーンはすこし身じろぐだけで、まだ目覚める気配はない。
「起きないなら、このまま食べちゃうよ」
正直腹が減りすぎて動く気力もないが、グリーンを戴くなら別だ。
「ふ……」
僅かに開く唇を甘噛み、口内へ舌を滑り込ませる。
「ぁ、ん、……っ?」
そこで漸く気がついたのかグリーンが寝ぼけ眼を薄く開いた。完全に意識が覚醒する前に、強引にグリーンの舌と自分のそれとを絡めた。ぐちゅん、と響く水音にグリーンは慌てて俺を引きはがそうともがくが、渾身の力で組み伏せる。
「ひ、んむぅ、ん、んー……っ!」
「……ん、」
「ぷは、はっ、ぁ、……レッ、ド……」
「おはよ、グリーン」
爽やかな笑顔で告げた直後、鈍い衝撃が頭を襲った。見ればグリーンは紅潮させた目尻に涙を滲ませて俺を睨んでいる。ああ、やっぱり怒らせた?
「御立腹?」
「……当たり前だ」
「えへ、だってグリーン起きてくんないんだもん。腹減って死にそうなんだよね。謝るから助けてよ」
「普通に起こせないのかお前は」
相変わらず犬みたいだな。グリーンは表情をしかめさせて厭味を零すが、グリーンに飼われるならそれでも構わないと本気で思うあたり俺も重症だ。
「料理くらいそろそろ覚えたらどうだ」
でも結局、グリーンは優しい。俺に甘い。
渋々起き上がり、台所へ向かう背中に抱き着いた。こういうところが犬と呼ばれる所以なのだろう。反射的に強張る身体に愛おしさが募り、思わず擦り寄る。
「朝ご飯食べたら、二人でごろごろしようか」
「……怠け者」
「いいじゃん、休みだし。それにグリーンもまだお疲れでしょ?」
「……」
こうでも言わないとグリーンはまた頑張りすぎるから。
「俺、グリーンの犬だからさ」
飼い主の様子には人一倍敏感だよ、なんて。
だから昨晩グリーンが帰ってきたときにも本当はキスして欲しそうな目をしていたのだって、何だって知ってるよ。
あのあと見える場所、はっきりと残ったキスマークに、グリーンは二日間口を聞いてくれなくなった。