乾いた音、なんかじゃない。頂戴したのは平手ではなく、拳。鈍い音である。咥内に鉄の嫌な味がどろりと広がり、地面に尻餅をついた。血の滲む口元を拭いながら見上げれば、先輩は殺さんばかりの鋭さを秘めて俺を睨んでいる。見下ろしている。

「先輩、」
「……どうやら俺は、随分と勘違いをしていたようだな」

そう吐き捨てられたのは、つい半時間程前。

だって、知らなかったのだ。
ふとした事から口論になって、あの言葉が先輩の地雷だとは、空っぽの頭を振り絞り考えてみれば、ああ成る程理解はできるが、それでも正直驚いた。

「……グリーン先輩?」

今だ怒気を滲ませる背中は、だけど付け入る隙を明白に覗かせている。
伸ばした腕は振り払われることもなく、すんなりと目前身体に纏わり付いた。先輩は振り返ることもしなければ、口を開くこともない。ただ、じっと、床を俯瞰していた。何かに耐えているようにも窺える。

「先輩、ごめんね」
「ついカッとなっちまって、俺、あんたのことわかってるつもりだったんスけど、」
「でも、不謹慎だけど、すげえ嬉しいッス」

答えは、手首を掴んだ指先に僅かに込められた力だけで十分だ。
先輩は優しい。
愛されていないなどという愚考に陥った過去の自分を問い詰めたい気分である。剰さえ先輩を傷つけるような真似をして。

「……俺は」

緩慢な動作で振り向く先輩の瞬間的に揺らいだ瞳が俺を捉えた。

「あまり、こういうことを口にするのは得意ではない。お前が怒るのも、無理はないだろう」
「……はい」
「……だが、俺はちゃんとお前を……その、好きでいる、つもりだ」

だから、あんな言葉、二度と聞きたくはない。聞かせないでくれ。

「――約束します」

小刻みに震える肩を抱き寄せる。どうしようもなく込み上げる愛おしさに溺れてしまいそうだった。

「先輩、好きッス」

何度告げても足りないくらいだ。照れ臭そうに再び俯き、視線をさ迷わせる先輩は、本当は誰よりもわかりやすい人なのだ。


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