「レギュラス」


懸命に感情を押し殺した声に振り返る。
薄暗く肌寒い廊下、暗闇の向こうから姿を見せたのは兄様だった。
消灯時間までは残り僅か、恐らくはリーマス・ルーピンの目を上手くかい潜ってきたのだろう。

「おや兄様、こんなところで一体何を?」

寮は目と鼻の先だ。スリザリンを激しく忌み嫌う兄様なら、絶対に近づかない場所である筈。

思い当たる理由はわかりきっていたが――、あえて穏やかに微笑みかけてやれ、兄様は途端、言いにくそうに何事かを呻く。
ローブの裾から覗く拳は強く握り締めすぎたせいか、青白く震えていた。


「……何処行ってたんだ……?」

「何処って、勿論クィディッチの練習ですが。それが何か?」

「そりゃあ、べ、別にお前が何しようと俺には関係ねえけど……」

「そうですね」

淡々と返せば、兄様はあからさまに表情を曇らせる。反応を楽しむのもなかなか面白いが、虐め過ぎてこのまま帰られるのは本意ではない。

「というより、わざわざ僕に聞かなくても兄様、来てたじゃないですか」

「う、」

まさか俺が気がついてないとでも思っていたのだろうか。練習を見学する生徒達の目につかないよう隅に隠れてはいたが、緑色の中、獅子のマフラー。上空から見れば嫌でも目立つ。


「言いたいことがあるならはっきりと言ってくださいね。僕も兄様と同じで、気は短い方ですから」

「だって………と」

「はい?」

兄様は俯き小さく呟くが、尻窄まりで明確には聞き取れない。
もう一度、と無言で催促してみる。
観念したのか、兄様は真っ赤な顔を持ち上げて俺を睨んだ。


「お前、女と話してたじゃねえか……!」

――やはりか。
それこそ、俺が待ち構えていた台詞だ。


「ええ、確かに話しましたねえ」

問題があるのか、とばかりに笑う。
兄様は衝動のままに、俺の胸倉を掴む。ぎらぎらと激情を秘めた瞳は、俺だけをうつしていた。

全部知っている。女をあしらわなかったのだって、わざとだ。
あの時、観客席から俺を見下ろしていた兄様の表情。たまらない。
醜くて可哀相で、愛らしい兄様。

背筋をぞくぞくと電流が駆け抜ける。
独占欲、執着心、否定しながらも抗えないブラック家の性分が、俺だけに向けられているのだ。


「やだ、嫌だ……レギュラス、誰にも笑いかけるな、触れるな、話すな、俺だけでいいんだ、他の奴らなんて見なくていいから」

「兄様」

力無く落ちた手をとり、そっと口づける。兄様の綺麗な頬を伝う涙を拭い取りながら、顔中にもキスを降らせた。


「僕は兄様だけのものですよ」

「嘘だ!俺のことなんてどうでもいいくせに!」

「本当です」

ともすれば声をあげて泣きじゃくりそうな兄様を抱き寄せ、子供をあやすように背中を撫でる。


「兄様がいれば、他にはなにも要りません」

「っ、嘘だ、嘘……」

「信じてくれるまで、何度だって言いますよ」


これがどうして、愉悦を感じずにいられようか。



その身体に流れる血筋で、俺をもっと独占して、依存して、ねえ、兄様。


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