最近、シリウスの様子が変だ。
視線が合えば慌てて反らすし、そもそもあからさまに僕を避けているのだ。
今日の昼食だって、彼は大好物な筈のチキンにすら手を伸ばさず、早々と一人席を立ってしまった。
何が気に喰わないのかは知らないが、いい加減に苛々してくる。だって僕達はつい先月からとは言え、立派な恋人同士なのに。
「リーマス、シリウスと喧嘩でもしたの?」
今は純粋な瞳で問い掛けてくるピーターすら憎たらしい。
寧ろ聞きたいのは僕の方だ。まさか、とだけ返してそのまま押し黙る。それ以上喋ると情けなく当たり散らしかねない。態度が変わったのは僕だけで、ジェームズ達には普通に接しているのに。
人狼を気味悪く思うには今更すぎるが、他に尤もらしい理由も見つからない。
「そんなに気になるなら直接聞けばいいじゃないか、本人にさ」
提案自体は正しい。その通りだと思う。
ただ、我関せず、だがシリウスの内心などとうに見抜いているとでもいいたげに笑うジェームズにどうしようもない怒りが沸き上がった。
「……そうだね。そうさせてもらうよ」
乱暴に立ち上がり、ローブを掴んで扉へ足早に進む。ピーターは最後までおどおどとしていたし、ジェームズは厭味ったらしい笑みを貼付けたままだった。
シリウスを探すこと自体はそう骨の折れる作業ではない。
彼は食事を済ませた後、人気のなく薄暗い図書室の奥で昼寝をするのが好きなのだ。今日だって、僕が見つけた時には本棚にもたれ掛かり眠りにつこうとしているとかろだった。
「シリウス!」
「……リーマス?」
僕の声を捉えた瞬間、シリウスは遠目でも見て取れる程大袈裟に身体を強張らせる。
何その反応。
「え、お前昼飯は?」
「もう済ませたよ、それより」
「あ、悪い俺ジェームズに――…」
僕を見ようともせず、横を擦り抜けようとするシリウス。我慢の限界だった。
腕を掴み、手加減する余裕もなかった、壁にシリウスを叩きつける。両手をひとまとめにして自由を奪う。シリウスが苦痛に表情を歪ませて僕を睨んだ。
「いってえな、いきなり何すんだよ!!」
その時僕がどんな顔をしていたのかはわからない。
ただ、シリウスはそう声を荒げてから、怯むように口を噤んでしまった。
別に怖がらせたいわけじゃないのに。言葉を選びながら、それでも直接的に尋ねる。ともすれば、今はシリウスよりも短気かもしれない。
「ねえ、どうしてこの頃僕から距離をとりたがってるの?」
「距離なんて、」
「とってない、とかやめてね。怒るよ」
もう怒ってるけど。
シリウスは小さく唸る。
「君らしくないんじゃない?僕に不満があるならそう言えばいいし、別れたいなら――…」
「違う!!」
我ながら嫌な質問だとは思ったが、これには真っ赤に頬を染め、直ぐに否定してくれた。内心で少し、いやかなり安堵する。
「そうじゃない、俺はリーマスと別れたくない」
「……じゃあ、何で」
「それは……」
シリウスはこの上なく喋りにくそうに俯く。手を解放してやると、遠慮がちに伸びた指が僕のローブを握り締めた。
「……お前、笑うだろ」
「笑わないよ」
「絶対引く」
「そんなことない」
「……本当だな?」
「うん、約束するよ」
押し問答を繰り返し、観念したのかシリウスは紅潮したまま顔を持ち上げた。まくし立てるように吐き出された言い分は、こうだ。
「……だって、仕方ねえだろ!お前といると心臓がいちいち煩くて、もたねえんだよ!!」
……まずい。
これはまずい。
「っ、お前、やっぱ笑ってる!」
「や、違うよ……」
思わず口元を押さえた僕に勘違いしたのか、シリウスはやっぱりだ!ときゃんきゃんと吠える。
こちらまで赤くなりそうだ。今までのどす黒い感情が一気に消え去っていく。
だって、まさか心臓がもたないって。
「あーもう、僕の方が、無理かも……」
「何がだよ!」
「こっちの話ー」
君、ちょっと純情すぎるんじゃない、とは言えない。可愛すぎるだろう。
とりあえずごめんね、シリウス。
きっと、シリウスには一生敵わない。