「うう、」
犬が唸るような声。
「何、どうしたんだい」
「リーマス……」
名前を呼ばれたので、素直に振り返る。
扉の向こうには予想通りシリウスが立っていたから、手招きして部屋に入るよう促す。
昨晩はちょっとした口論になりシリウスとは別々に寝たのだ。確かお前とは絶交だ、と子供のような怒り方で一方的に縁を切られた筈だが、どうやらそれどころではないらしい。
シリウスは素直に傍まで寄ると、どこと無く不安げな瞳で私を見上げた。
目元の潤み。
少し紅潮した頬。
掠れた鼻声。
「風邪でもひいたのかい?」
「……んー」
「まったく」
馬鹿は風邪をひかないんじゃなかったのかい。
呆れて溜息をつくと、しゅんとうなだれる。飼い主に叱られた大型犬だ。とりあえず病人に立たせたままなのも悪く、ソファに座らせる。隣に腰を下ろせば、待っていたとばかりに膝に頭を乗せられた。
どうやら彼の中では、昨晩の件はとうの昔に消え去っているらしい。
「シリウス、君、昨日髪を乾かさずに寝ただろう」
「うあー」
「丈夫な君でも、体調は崩すんだよ?」
「だっていちいち面倒臭いだろ……」
「それでも、拭かないとダメ。いいね」
思わず出てしまう私の子供を諭すような口調が気に食わないのかシリウスはしかめっつらを貼付けたが、直ぐにまた弱々しいうめき声を零す。
普段より熱の篭った額を撫でてやれば、気持ち良さげに目を閉じた。
「何なら私が風邪薬を調合してあげようか」
「……冗談だろ?」
「ふふ、嘘だよ。君が寝たら買ってこよう」
「別に今からでもいいだろうが」
「まさか!」
体調が優れないときは、一段と人肌恋しくなると言うじゃないか。
「元々淋しがり屋な君を放っておいたら、死んでしまいそうだからねえ」
「……淋しかねえよ、阿呆リーマス」
悪態をつきながらもきゅうと私の服の裾を掴む君が可愛くて、
「ゆっくりお休み。いてあげるから」
結局は彼が眠りについてからも、その手を放せずにいた。