リーマス・ルーピンは元来の性分の御蔭か、人を苦手と思う概念に縁のない男だったが、そんな彼にも手に負えない人種は確かに存在した。
「すまないシリウス!遅れてしまっ、て……、」
扉を開けた、瞬間。室内に漂うアルコール臭に、リーマスは顔を引き攣らせた。よくよく見れば、件の男がだらし無く寝そべるソファの周囲には既に空になったワインボトルが幾本も転がっているではないか。
「よおリーマス、遅かったじゃないか」
脱力しかけたところへ、嫌にドスの効いた低い声が、責めるようにリーマスを呼んだ。仕方ない。アンニュイに溜息をつき、リーマスは自分を睨む男――、シリウスを宥めようと手を伸ばす。しかし次の瞬間には、呆気なく拒絶されたが。
「気安く触んな!」
「はいはい……」
「あっ、なんだよその態度!リーマスのくせに生意気だ!」
呆れ果てるリーマスを余所に、シリウスは子供のように吠えまくる。簡単に言うなれば、彼は完全に出来上がっていた。昔から、シリウスには拗ねると酒に走る悪癖があった。耐性がなく、直ぐさま酔いどれと成り果ててしまうのに、だ。リーマスを困らせたい心からの知能犯ではなく、彼は全くの無自覚である。
「お前、早く帰るって朝言ってただろ」
「だから、私が悪かったよ……」
「そんなこと思ってねえくせに!」
シリウスの言い分を聞く限り、彼は約束した時間より帰宅が遅いリーマスに御立腹らしい。何とも可愛らしい理由だ。シリウスがこの状態でさえなければ、だらし無く頬を緩めて抱擁していたことだろう。
痛む頭を押さえつつ、穏やかに口を開く。彼の機嫌をこれ以上急降下させないよう、言葉は慎重に選ばなければならない。
「本当だよ。私だって、早く帰ってシリウスに会いたかったんだ」
「嘘つき」
「嘘じゃないよ。ね、どうすれば私を許してくれる?」
笑いかけると、シリウスは上半身を起こし、用心深い目でリーマスを見上げる。やがて、じゃあ、と彼が持ち掛けた提案は。
「リーマスから、キスしろ……」
「それでいいの?」
「いーから、さっさとしろよ!」
馬鹿にされたと勘違いしたらしい。シリウスは赤い頬を更に紅潮させて喚く。これは望みを叶えてやって黙らせるのが得策だろう。リーマスは屈み込み、シリウスが次の言葉を発する前に唇を素早く塞いだ。
「ふっ……」
「ん……」
きゅう、と意地らしく目を伏せる恋人に下心が湧かない筈がないが相手は所詮酔っ払いである。リーマスは勿論触れるだけのキスで終わらせるつもりだったが、それを許さないのはシリウスだった。
唇が離れた途端、足りないと文句が零れる。
「もっと……、リーマス……舌、いれて、」
「……っ、だーめ。君が酒臭くなかったら、喜んで相手をしてたけどね」
(……危ない、流されるところだった!)
あまりに色気を帯びた表情を見せられるものだから、リーマスはうっかり頷きそうになった。駄目だ駄目だ。ここで手を出したら、確実に歯止めが効かなくなる。自分にだって、良識はあるつもりだ。
「なあ、リーマス……」
「駄目ったら駄目!勘弁して!」
本当に、酔ったシリウスの相手だけは御免だ。精神力も体力も理性も、何もかもを奪われてしまう。
この攻防があと何時間続くのか、考えるだけでリーマスは泣きそうになった。