別段彼がうたぐり深い訳ではない。いや、それもあるだろうが、ただ僕が信頼されていないだけの話だ。だって僕は彼が大嫌いで、彼も僕が大嫌いだ。
「……大丈夫?」
そんな言葉をかけたのは初めてだった。自分でも驚いている。
何時ものやり取りだった。鉢合わせした途端、大喧嘩になって、ただその日はシリウスの機嫌が恐ろしく悪かった。加えて、リーマスもいなかった。
平素以上に苛立ったシリウスは、魔法を当ててしまったのだ。セブルスの、膝に。深く切れたのか、そのまま倒れた彼に唾を吐いて、シリウスは立ち去った。僕はどうしてかそれに倣うこともできず、目前でうずくまる彼を見下ろしていた。
「……大丈夫?」
妙に冴えた頭でもう一度繰り返すと、セブルスは怪訝そうに僕を睨む。元々青白い顔色は更に悪くなり、脂汗を浮かべている。痛そうだ。それに、苦しそうだ。嘲笑しかけた口元が、しかし何故か動かない。中途半端に唇を開けたまま、目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「医務室に行こう」
「――は、」
乾いた笑いを漏らしたのは、セブルスだった。
「今更偽善者ぶるつもりか?どれだけ僕を辱めれば気が済むんだ!」
ふざけるな!
彼は耐え切れない、この上ない屈辱だとばかりに吠えた。ぶるぶると震える拳には血の気がなかった。
正論だと、思う。
彼は正しい。
手を下した相手の慈悲を受け入れる程、彼の自尊心は落ちぶれていない。
ただ、僕も自分がわからなかった。
「――少しでも申し訳ないと思うのなら――、放っておいてくれ」
低い声で彼は囁く。
それでも、よろめきながら立とうとする姿を、どうしても見捨てることができなかった。昨日までなら笑い者にさえできた姿だ。
「セブルス!」
とうとうバランスを失いふらついた身体を、僕は気がつけば腕の中に収めていた。
強引に抱き抱えると、彼が怒鳴り散らすであろう、それより先に口元を手で塞ぐ。不服を訴える音が掌にぶつかるが、知らないふりをした。
「ごめん。やっぱり連れていくよ、偽善者でもいいから」
その日、僕の中で何かが変わった。
憎しみとすり変わったのは、