鏡越しに相対した自分は、何とも情けない姿を晒していた。髪の毛は乱れ、唇の端からは赤い血を滲ませているし、青紫に鬱血した痣は、筋肉を動かす度に鈍く痛んだ。
セブルスは爪が食い込む程に握り閉めた拳を、壁に叩きつけた。しかし感情すら麻痺しかけているらしい。怒りも屈辱も、何一つとして彼の表情は映し出さそうとしなかった。否、彼の自尊心が、そうさせなかったのだ。
(泣いては、駄目だ)
もう何度も繰り返してきた言葉を、頭の中で同じように唱える。心臓が刔られそうな吐き気を覚え、口元で手押さえ、ずるずるとタイルの床に座り込んだ。未だ食事を摂取していなかったからか、競り上がってきたのは胃液だけだった。喉元を焼き付けていく体液に、セブルスは低く呻く。
「ぐ、ぅあ、」
自分を取り囲み、嘲笑する奴ら。思い出すだけで、意識が真っ白になりそうだった。
(泣くものか、あんな奴らのために……)
「あは、セブルス発見」
「……ポッター…!?」
とうとう堪えきれずに滲みかけた涙を、裾で乱雑に拭う。セブルスは緩慢な動作で重たい顔を人影へ向けた。自分を見遣る男の姿に、胃がぎりぎり締め付けられた。しかし無遠慮に潜めた眉にすら、ジェームズは気にも止めない様子で、口角を吊り上げている。
「またみっともない格好をしているねえ、君は」
「煩い、黙って僕の前から消えろ」
「えー?今回の件は僕はノータッチだよ?」
「それでも、だ!」
事実、つい先刻までセブルスに危害を加えていたのは普段の連中、即ち彼等、ではない。ジェームズの言い分は正しいが、まさか心配するために探しにきたわけでもないだろう。どの道、セブルスの気分を尚更悪くさせる原因であることには変わりない。
「……だってさ。仕方ないじゃん」
飄々と肩を竦め、ジェームズは視線が交わる位置にまで腰を屈める。それがやたら真剣味を帯びていたものだから、セブルスは睨むことも忘れ、どこか恐々とした面持ちで目前のハシバミ色に揺れる瞳を受け入れていた。
「気に喰わないんだよ」
「……はあ?」
気に喰わない、とジェームズは反復する。
当然、言葉の意味するところを理解できないのはセブルスだった。
「だからさ、」
突然ネクタイをひかれ、バランスを崩した身体はジェームズの胸元へ倒れ込む。慌てて距離をとろうともがくが、背中に回された腕がそれを許さなかった。
「っ、何のつもりだ!ふざけるな、放せ!」
「ふざけてないよ」
耳元を掠める低音は不快な筈なのに、セブルスはぞくぞくと熱が集まる感覚に気が狂いそうだった。ジェームズは自分でも困惑しているんだ、そう前置きしてから、上手い言葉を選び始めた。
「僕以外の奴が君を傷つけてるのを見るとね、凄く苛々するんだ……」
「な、に」
「独り占めしたくなるんだよ。君を目茶苦茶にして泣かせていいのは僕だけだってね……どうしてかな」
言って、ジェームズは不気味に笑う。こんなにも彼に恐怖心を抱いたのは初めての経験だった。
動揺を悟られないよう、セブルスはあくまでも冷静な態度で切り返す。上擦らない自信はなかった。
「趣味の悪い独占欲だな。僕は僕だけのものだ、勝手に決めるな」
「……そう、君は相変わらずだね。だからだよ、」
(だから、こんな気持ちにさせるんだ)
冗談だと、笑い飛ばせればどれ程幸せだったか。