■灰(山益)
灰色の曇り硝子越しに、その姿を見つめているような気分。
僕が山下さんと接する時のイメージを形容するならば、まさにそんな感じだった。 どれだけ身体を重ねても恋愛に発展しない。ただ淡々と、情だけを交わしていく。
「山下さん、好きですよ」
何気なくそんな言葉を投げかけると、いつも必要以上に動揺した反応を返される――悪戯心を起こしたこちらが気まずくなる程に。
「な、馬鹿な事を…」 「そうですね。冗談です」
毎度の事ながら呆れる。罪悪感に襲われながら僕を抱き続ける山下さんにも、気にしてない振りをしながら若干傷ついてる僕にも。
いっそ止めてしまえばいいのに、それでも繋がりを求めるなんて馬鹿もいい所だ。 こんな簡単な決着すらつけられない。僕らはあまりにも臆病で、脆弱だった。
■紅(XANXUSと九代目)
紅い瞳にやり切れぬ怒りを宿して、彼は私を見つめていた。 いつだってそうだった。彼は何を求め、何を願っていたのか―…。
「XANXUS」
ぽつりと、小さく息子の名を呼ぶ。二度目のクーデターが失敗した後、彼は組織から処罰を下されるまで謹慎の身となった。 会いに行けば嫌々ながらも応じてくれる。しかし、今更分かり合えるかどうかは正直疑問だった。 …それでも。
「XANXUS」 「何度も呼ばなくても聞こえてる」
目すら合わせようとしない息子に、私はゆっくりと笑いかけた。 伝わらない想いはどんどん二人の間に降り積もっていくけれど、手を差し延べる事すら諦めてしまっては何にもならない。
「…今日は良い天気だ。少し、庭でも散歩しないかい?」
彼の肩がほんの少し揺れて、逸らされていた顔が僅かにこちらを向く。その紅い瞳には、怒りの代わりに複雑な感情が浮かんでいた。
「あんた車椅子だろうが。誰が押すんだよ、俺か?」 「勿論」 「……ふざけるな」
苦り切った様子で溜息を吐く。 無視されなかっただけでも進歩だろう。
結局そのまま庭に出る事も無く、私達はただ窓の外を見つめていた。二人揃って、見つめていた。
■黒(サガとデスマスク)
黒々とした感情に支配されぬように。大切なものを壊してしまわぬように。 それだけを考えて生きてきた――それなのに。
「おしまいだ」 「何がだよ」 「殺してしまった。教皇も…アイオロスも」 「ああ、そうだな」 「愛していたのに」 「だからじゃねぇの?」
独り言に近い私の呟きを受けて、傍らに佇む男は淡々と口を挟む。 その眉間には深い皺が寄せられ、口許は憤りを抑え込むように歪められていた。
「…デスマスク、何故ここに居る」 「あんた一人じゃ何するか分かんねぇからだ。自殺でもされたら困る」 「お前は私のした事を知っているのだろう? 断罪すればいい」 「…あのなぁ」
苛々とした仕草で頭をかいてから、デスマスクはぎろりとこちらを睨み付けた。
「そりゃ、聖闘士としては糾弾してしかるべきなんだろうけどな。でも、あんたにまで死なれたら俺達はどうすりゃいいんだよ? どんな理由にせよ、これ以上仲間を死なせてたまるか」 「お前は…」 「アテナだとか世界だとか、そんなもんどうだっていい。俺は、自分の守りたいものを守る」
どうだっていいんだよ、ともう一度吐き捨てるように言ったデスマスクの顔は、今まで見てきたどの表情よりも真剣だった。
■青(蕎麦)
青空の下で見る我が師匠は、やはりというか何というかみすぼらしい。なんでこんなのに興奮するんだろう、と冷静な頭で考えてみるが、どうしても明確な答えが出なかった。
「どうしたの曽良君、急に考え込んで」 「……いや、本当にみすぼらしいオッサンだよなぁと思って」 「ちょ、それ私のこと!?」
夜の間だけ魅力的なのかといえば、そういうわけでもないのだ。 ただ俳句が上手いだけの小汚い男。それなのに。
「芭蕉さん、キスしても良いですか」 「はぁぁ? 君いきなり何言ってるの…ってちょっとやめて路地裏に連れ込まないでぇぇ!」
恋は盲目とはよく言ったものだと思う。これが恋かどうかは別として、こうした類の感情に理由付けなど野暮なだけだ。
end.
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