拍手+捧げもの | ナノ



■春(関雪)



は嫌いだ。

温かな陽気や、華やいだ周囲の雰囲気が我が物顔で巷を横行する。そして、日々境界をさ迷う私を嘲笑う。
穏やかな季節はすぐに過ぎてしまうくせに、そうやって人を飲み込もうとする厚かましさが嫌だ。

嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。
誰か――…


「タツさん?」

懐かしい声に、私はハッと我にかえった。
振り返ると、湯飲みを乗せた盆を手にした雪絵が、苦笑しながら私を見つめていた。

「タツさんたら、また惚けて」
「違うよ、作品の構想を練っていただけだ」

もう何度めか知れない言い訳を口にしつつ、湯飲みを受け取る。
ゆるゆると湯気の立ち上るそれは、すぐに飲むには少し熱そうだ。

「ちょっと早いかもしれませんけど、近い内に冷たいお茶も作っておいた方が良いですね」


春はすぐに過ぎてしまうから。と呟いた雪絵の笑顔に、不思議とささやかな安息を覚えた。










■夏(鳥敦)



の日差しの下で笑う彼は、とても健全に見える。


向かいに佇む鳥口を見ながら、ふと敦子はそう思った。
記者という職業柄、敦子と鳥口は事件現場でしばしば遭遇する。如才ない笑顔を見せながら軽口を叩く彼が、敦子は嫌いではなかった。

「おや、敦子さんどうかしましたか」

ずっと黙っているのが気になったのか、鳥口はそう言って少しだけ眉を寄せる。
まるでおあずけを喰らった犬のようだ。

――そう、まるで犬だ。

主人に忠実で人懐こい。けれど、その一方で獣の性を捨ててはいない。
鳥口の場合、それは純粋に欲望と呼べるものでは無いのかもしれなかった。それでも、ふとした時に見せる瞳の闇を、敦子は決して見逃さない。
それは、彼女自身にも覚えのある色だ。

「敦子さん?」

「私と鳥口さんって、少し似てるのかもしれません」



夏の日差しの下。恐ろしく爽やかな笑みを浮かべて敦子は言った。










■秋(榎+木場)



「知っているか木場修、は人恋しくなる季節なんだそうだ!」


重い足取りで階段を昇って、例の探偵社の扉の前に立つ。すっかり通い慣れてしまっている現状にうんざりした。
しかし、そのまま突っ立っているわけにもいかない。せめてもの抵抗にと、派手にドアベルを鳴らしながら扉を開けると、そこには榎木津が仁王立ちしていた。
そして、木場の姿を認めるなり、開口一番に件の台詞を言い放ったのだ。
折角の非番に突然呼び出されたかと思えばこれだ。木場はずきずきと痛みだしたこめかみにそっと手をやって、盛大な溜息を零した。

「…冬の間違いじゃねえのか」

次いで口にしたのは、そんな的外れな返答。
しかし、凡人には到底理解出来ない感性を持つ彼の幼なじみは、その美貌を目一杯綻ばせて笑う。

「違うぞこの豆腐頭、冬はまた別だ」
「はぁ? 知らねえよ」

相変わらず憎たらしい程の男ぶりだ。
木場は忌ま忌ましげに舌打ちして、ふいとそっぽを向いた。こういう時の榎木津には何を言っても無駄だということを、木場はその経験上よく知っている。

「もういいから、さっさと酒を出せ馬鹿野郎。要するにてめぇは、一緒に飲む相手が欲しかったってだけだろうが」

回りくどい言い方すんじゃねえ、と呟きながら応接用のソファにどっかりと腰を下ろした木場を見て、榎木津は満足げに頷いた。

「修ちゃんと飲む酒は、気兼ねがいらないから良いんだ」
「てめえは気兼ねなんて、ハナからしやしねえだろ…」


昔から変わらない。言うだけ野暮だと、木場は榎木津を軽く睨み付けた。










■冬(青益)



その肌に触れるのはのせいだ。
お互い、安易な方法で暖を取っているだけなのだと言ったら、「じゃあ夏はどうするんです」と返された。尤もらしい理屈をこねるのも大概にしろと、暗になじられているようで気分が悪い。

「君の体温は低いから」

僕はそう言って彼を再び組み敷いた。爬虫類を彷彿とさせるその瞳が、笑みの形に歪む。
触れあった肌から、ひやりとした冷たさの後、微かな温もりが徐々に伝わってきた。

「低いから、何です」
「きっと夏は涼しいだろうさ」
「……」

彼の表情がなんともいえない複雑なものに変わったのを見た瞬間、ようやく己の失言に気付いた。なんという答えだ、これじゃあまるで睦言ではないか。
僕は余りの気色悪さにいたたまれなくなって、絶句しているその唇を無理やり奪った。
見てみぬフリが得意な男だから、きっと行為に没頭してしまえば忘れてくれるだろう。


あくまで希望的観測ではあるけれど。







end.



過去拍手(春夏秋冬)



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