幾度となく続けられる行為の意味が変わり始めたのは、いったいいつ頃の事だっただろうか。 誘うのは僕で、手を出すのはいつも彼の方。予定調和が降り積もった僕の部屋で、毎度同じ事が繰り返される。それは二人にとって何より確実で、安心できる事実だった。 それなのに。 今夜に限って、彼はなかなか先に進もうとしない。いつまで経っても始まらぬ行為に焦れた僕をあやすように、彼――青木は、思いの外強い力で僕を抱き寄せた。 ちくりと胸に痛みが走る。避けられぬ変化が、すぐそこまで迫ってきているような気がした。
押し返そうとした両手を取られて、胸の前でぎゅ、と握りこまれる。そのまま啄むような口づけが降ってきて、僕はひどく泣きたい気分になった。温かい。 与えられる感情と生まれてくる感情を、どう処理したら良いのか分からない。 このぬくもりは何だ。答えが出ないというのなら、いっそ知らぬままでいたかった。
「青木さん――」 「益田君、」
僕の言葉を遮って、彼は口を開く。しかし結局は何も言わずに、そのまま僕の肩口に顔を埋めた。 すぐ傍で聞こえる息遣いに、何だか無性に切なくなる。 どうして、こんな事をする。無駄に情を交わしてどうするというのだ。どうすれば良いのだ、僕は。
「あなたが好きだ、とでも言えば良いんですか」
敢えて吐き捨てるように紡いだ答えを、彼は苦笑して受け止めた。顔を上げたその瞳が、甘い、甘い熱を孕んでいるのに気が付き、僕は気が狂いそうになった。
「何なんですか。なんでそんな顔するんですか。知りませんよこんなの、僕は…」 「益田君」
先程よりもはっきりと、彼は僕の名前を呼んだ。
「君こそ酷い顔をしてる。そんなに怖いかい」 「な――…」 「分かっているんだろう、もう」
何を、とは聞けなかった。聞いてしまうと、後戻りが出来なくなるような気がした。否、もう既に引き返せない所まで踏み込んでいるのかもしれない。
「嫌です、いつもいつも。狡いんですよあなたは」 「そうだね。僕は狡い」
でも、そういう所嫌いじゃないだろう。
そう囁かれるから、僕はもう陥落するしかない。最後まで自分から好きだと言わない彼に、心底腹が立った。
end.
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