知的そうな見た目の割に、オレガノは随分とキレやすい性格で。 同期で同じ所属、加えて組織内でも極めて温厚な性格の俺が、ストッパー役としてあいつと組むようになったのは自然の成り行きだったのかもしれない。 任務のためなら私情を一切殺してしまえる強さだとか、なんだかんだで親方様や、年下のバジルの面倒を見てしまう世話焼き気質だとか。 無造作に束ねた金色の髪や、意思の強そうな薄紅の瞳だとか。 そんな物ばかりが気になって仕方なくなったのは、一体いつの頃からだっただろう。
不毛過ぎる片思いに、我ながら笑える。
恋愛になんて全く興味が無さそうなくせに、親方様の話になると少しだけテンションが上がる。本当に僅かな変化なのに嫌でも気が付いてしまうのは、やっぱりそれだけ、俺がオレガノを見ているからだ。 多分あいつの心を占めているのは、任務と親方様の二つ。そんな単純な答えを常に目の前に突き付けられながら、それでも踏ん切りがつかない俺は馬鹿だ。ああ、大馬鹿野郎だ。
「ターメリック!」 「…っ」
突然、視界が揺れた。同時に後頭部に軽い衝撃が与えられる。驚いて振り返ると、オレガノが厳しい顔付きでこちらを睨んでいた。さっきのは、どうもこいつが俺の襟首を掴み、銃の柄で殴ってきたものらしい。 「…オレガノ」 「考え事してる暇なんか無いでしょう、死ぬわよ」 真顔でさらりと怖い台詞を吐く。 更に恐いのは、それが全く誇張無しの、純然たる事実だということだ。 今回の指輪戦にあたり、親方様は九代目と直接話をするべく、自らイタリアへと乗り込んだ。しかしもちろん、あちら側から快く受け入れて貰えるはずが無い。ボンゴレ内部において異変が起きているのは、既に皆が知っている。
当然ながら俺達を待ち受けていたのは、暗殺部隊ヴァリアーをはじめとする離反者どもの熱烈大歓迎だった。命がいくつあっても足りやしない。 俺は、血と硝煙の、いい加減嗅ぎ慣れた匂いにうんざりと顔をしかめた。オレガノが言う。
「…嫌な顔。眉間にしわが寄ってる」 お前こそ。 下から覗き込んでくる薄紅を努めて冷静に見返しながら、俺は口には出さずにそう反論してみる。すると、そんな俺の内心を見透かしたように、奴は呆れたように鼻を鳴らした。 「馬鹿。ぼーっとしてると弾避けに使っちゃうわよ」 「ふん、弾避けね」 いいさ、使っちまえ――危うく本気でそう答えそうになった。 多分お前のために死ねるなら、きっと俺は。
畜生。本当に俺は。
「……大馬鹿野郎だ」
舌打ちして毒づくと、隣でオレガノが怪訝そうに俺を凝視した。何のことかさっぱり分かっちゃいないって顔だ。
「何が馬鹿なの」 「聞くな」
そっけなく返して、銃を握り直す。使い慣れたM586は、昔からの俺の相棒だ。 ガキの頃、好きな刑事映画の主人公が使っている銃を欲しがった俺に、当時の上司が「あんなモン、無駄に威力がでかくて使い勝手が悪いだけだ」と代わりにくれたのがこれだった。 適度な重量がしっくりと手になじむ。あの上司はまだ生きてるだろうか?
「ほら、また呆けてる」
真横から、苦り切ったオレガノの声。こんな可愛いげの無い所ですら好きなのだから、本当に始末におえない。
「呆けてなんかないさ。そう簡単に、お前の弾避けに使われてたまるか」
オレガノが笑って頷く。精一杯の虚勢を、この鈍いパートナーはどうやら何の疑いも無く受け止めたらしい。少しも俺の本音に気付いちゃいない。 でもまぁ、それでいい。
「…行くか」 「ええ」
銃を構えて、一歩前に踏み出す。 俺が居て、親方様やバジル達が居て、そしてオレガノが居る。 みんなまだ生きている。それだけでいい。
手に入れるためじゃなく、守るために闘うのも悪くないだろう?
end.
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