ボンゴレ本部から依頼された任務を終えて報告に向かう途中、珍しい人物に声を掛けられた。
「スクアーロ!」
無造作にまとめた癖の無い金髪をうなじの辺りで揺らしながら、彼女は息を切らせて駆け寄ってくる。その後ろから、やけに図体のでかい男がゆっくり歩いてくるのが見えた。
「お前、門外顧問とこの、オレガノ…だっけか? 久しぶりだなぁ」
そう言って右手を差し出すと、オレガノは人懐っこく笑ってその手を握り返した。 やたら強面の女だと思っていたが、笑うと意外に可愛い。薄紅色の瞳が三日月の形を作って、それが綺麗だった。
「覚えててくれて嬉しいわ」 「美人の顔と名前は忘れない主義なもんでな」
とりあえず女には口説き文句を。それがこの国の常識だ。しかし、俺が挨拶代わりにそう言うと、オレガノ以上に後ろに立つ男の方が反応した。
「おまっ…」 「ターメリックは黙ってて。あのね、スクアーロ。ちょっとあなたに聞きたい事があるの」
顔を赤らめて俺に詰め寄ろうとした男を制して、オレガノがついと前に出る。下から見上げてくる顔は、どこまでも真剣だ。
「なんだぁ? 何かあったのか?」
ボンゴレに何か問題でも起こったのだろうか。こちらに召集がかかったという知らせはまだ聞いていないが、緊急であればすぐにでも対応しなければならない。しかし、俺の眉間に寄った皺をちらりと一瞥してから、オレガノは気まずそうに視線を逸らした。
「いいえ、そうじゃないんだけど…。ねぇ、スクアーロ、あなたのとこのボスは花言葉に詳しい?」 「…はぁ?」
質問の意図が全く分からない。間抜けな声を上げる。見ると、ターメリックと呼ばれた馬鹿でかい男も、微妙な顔をしたままオレガノを見つめていた。
「詳しくないならいいのよ。変なこと聞いてごめんなさいね。――あと、お誕生日おめでとう、スクアーロ」 「え? ああ――」
不意打ちのタイミングで祝いの言葉を投げかけられて、若干戸惑った。一瞬何の事かと思ったが、すぐに理解する。そういえば、今日ヴァリアー本部を出る時にも他の奴らから言われていた。「誕生日おめでとう」と。
「この歳になりゃそんな良いもんでもねぇが、とりあえずありがとなぁ。…じゃ、もう行ってもいいか? 綱吉を待たせてる」
腕の時計を確認すると、約束の時間を少しばかり過ぎていた。綱吉のことだから、この程度の遅刻じゃ何も言わないだろうが、どちらにしても上の人間を待たせるのはマナー違反だろう。俺の言葉にオレガノは軽く頷き、横にずれて道を開けた。
「引き止めて悪かったわ」 「気にすんなぁ」
じゃあな、とひらひら手を振りながら先を急いだ。「報告なんかさっさと済ませて帰ってこい」と、うちの上司から可愛げのないおねだりをされていたから。
* * * * *
スクアーロが回廊の奥へ消えていった後、ターメリックは何ともいえない表情で、傍らに佇むパートナーに声を掛けた。
「なぁ、さっきの話だが。あれは、俺が十代目からヴァリアー本部に贈るよう頼まれてた花の事か?」 「そうよ。ターメリック、あの花の名前、知ってる?」 「いいや」
そこまで聞いて、オレガノは苦笑しながらターメリックに向き直った。
「あれはルピナス。花言葉は“母性”と“貪欲”よ」 「……げ」
ターメリックが絶句する。オレガノはやれやれと肩をすくめながら、スクアーロの向かった方向に遠い視線を投げた。
「ルッスーリアなんかはその辺詳しそうだから、後で口止めしとかなきゃね。どれだけ効果があるかは知らないけど。――全く、うちの十代目はお茶目が過ぎるわ!」
十代目の愛情表現はとても分かりにくくて、屈折してるんです。と、以前自称右腕を名乗る青年が言っていたのを思い出す。 もしもその通りなら、なんと厄介なドン・ボンゴレだろう。「親方様も苦労するなぁ…」と呟いた夫の肩をぽんぽんと叩きながら、彼女はヴァリアー本部へ電話をかけるべく、胸ポケットの携帯に手を伸ばした。
end.
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