こんな仕事をしているせいかもしれないけれど、どうやら男にも結婚適齢期というのは存在するらしい。
古参の幹部からは事あるごとに適当な相手を紹介され、事情を知っている人間からは「まだプロポーズしないのか」とせっつかれるようになった。 俺だって良い歳だし、周りの気持ちは分かる。だから、何か言われる度に笑顔で返そうとしてきたつもり。 ただ、やっぱり例外はあるわけで。
「あのさ父さん、今日は仕事の話じゃなかったの?」 「これだって広く考えれば立派に仕事の話だ。なんせ、今後のファミリーの存続に関わる問題なんだからな」
多忙な日々の中突然与えられた休日に、突然の門外顧問来訪。 バレバレのお膳立てに事情を察して、俺はとてもじゃないが真っ昼間からテーブルを挟んで歓談を楽しむ気分になんてなれなかった。 目の前の真剣な顔に苦笑すら漏れそうになる。“彼女との結婚はまだか?”なんて、まさかこの人の口から出るとは思わなかったから。 仕事柄、父さんと俺がこんなに近く、プライベートな話をする機会はめったに無い。 彼はそれを少し気にしているようだけど、俺はそんな事どうだって良かった。 彼が嫌いなわけじゃない。寧ろ、門外顧問としてこれ以上無いくらい信頼している。…肉親として愛してるかと問われれば、正直困ってしまうけれど。 俺は空になったコーヒーカップを手慰みに弄びながら、小さく溜め息をついた。 笑って「心配してくれてありがとう、考えておくよ」と言えば良いのは分かっている。分かってはいるんだけど。
「…父さん」 「何だ?」
ともすれば手元に落としがちだった視線を上げると、門外顧問というよりは父親の顔をした彼と目が合った。
「俺はね、奥さんと子供とは出来るだけ一緒に居たいんだよ」 「それは……」 「そのためには、この業界でのボンゴレの位置をもっと確かなものにしないと駄目だ。家族を守りきるには、まだ足りない」
口を噤んだ父さんを見つめながら、俺は失敗したかな、と内心舌打ちする。気まずい空気に息苦しくなる。 でも、本心だった。 別に放っておかれて辛い思いをしたわけじゃないし、恨んでもいない。 だけど、確実に俺の中で彼は“家族”のカテゴリーから外れてしまった。誰が悪いのでもない。決して関係がこじれてしまったわけではなく、本当に自然とそうなってしまったのだ。 自分勝手な話だけど、俺は子供からそう判断されてしまう事が怖い。
「俺みたいにはなりたくないって事か? 相変わらず手厳しいなぁ、お前は」 「俺達の話はどうでもいいって。…協力してよ父さん。俺が好きな人と結婚して子供作って、普通の家族みたいに暮らせるように。あなたが居ないと、きっと出来ない事だから」
「もっと甘えろ」と、この人はたまに言う。冗談めかした言い方ではあったけれど、おそらく何割か本音も混じっているんだろう。 でも俺はもう子供ではないから、彼の望むような形で愛情を返す事は難しい。 だからせめて、組織のサポート役としての彼に思い切り甘えようと思った。
「俺にはあなたが必要だよ、父さん」
精一杯の愛情表現を、この人は受け取ってくれるだろうか? 俺の言葉を聞いた父さんは、柄にもなく強張らせていた頬を少し緩めて、「仕方ねぇなぁ」と笑った。
end.
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