目を覚ますと、すぐ近くに青木さんの顔があった。寝顔をずっと見られていたらしい。僕は恥ずかしくなって、彼に背を向けて布団を頭から被った。
「ちょっと益田君。一人で布団を取らないでくれよ、寒いじゃないか」
くつくつと楽しげに笑いながら、青木さんは布団を引き寄せて僕を後ろから抱きすくめる。ふわりと香る彼の匂いと、人肌の温もりについ体の力が抜ける。ほぅ、と息をつくと、不意打ちで耳朶を甘噛みされた。
「…っ、くすぐったいですってば、青木さん」 「君がこっちを向かないからだ」
笑いを含んだ声が、直接耳に流し込まれる。たまらなくなった僕は、前に回って悪戯を始めた彼の手を振り払い、思い切って体を反転させた。
「ほら!これでいいでしょう」 「ああ」
顔が近い。間近で覗き込んでくる青木さんの瞳がやけに優しげで、僕はどうしても戸惑ってしまう。一人でそわそわしていると、突然軽く口付けられた。啄むようなそれは、まるで慈しむかのように僕の鼻頭や瞼、頬に落とされた。
「明けましておめでとう、益田君」 「…何なんですかもう…」
元旦の朝を、まさかこの人と布団の中で迎える事になるとは思わなかった。妙に上機嫌な彼に再び抱きしめられながら、僕は「初詣は、やっぱり中禅寺さんのとこなのかな」等とぼんやり考えていた。
「……っていうね、夢を見たんですよ」
真顔で言う益田が憎々しい。青木はこれ以上無いという程嫌悪感を剥き出しにした表情で、目の前の男を睨み付けた。
「君は最低だな、どうやったらそんな気色悪い夢が見れるんだ。……駄目だ、想像しただけで吐き気が」
温かな湯気の上がる土鍋を挟んで、彼らは向かい合わせに座っている。こたつの中で青木の足が益田を軽く蹴りつける。益田は素知らぬ顔で、土鍋の蓋を開けた。
「ほらほらそんな事言ってないで。出来ましたよー、七草粥」
益田の言葉通り、土鍋の中には至ってシンプルな七草粥が、ぐつぐつと煮えていた。
一月七日。世間では、人日の節句であるこの日に七草を入れた粥を食べる風習がある。初めにやろうと言い出したのは鳥口だったが、当の本人は急な仕事が入ったせいで今日は欠席だ。 なんにせよ、男ばかりで鍋を囲むなど見苦しいだけだと、青木はぐったりとうなだれた。
「しかも君の夢の話まで聞かされて。本当に最悪だ」 「まぁねぇ――さすがの僕もちょっと怖かったですよ、甘い青木さん。いやぁホント、とんだ初夢ですよね」 「初夢なのか!」
返事の代わりにケケケ、と品の無い笑い声が響く。青木は更に不機嫌になりながらも、益田の差し出した椀を黙って受け取った。
「吉夢なのかそうでないのか、僕にはさっぱり分かんないですよ」
自分の分の粥をよそいながら、益田が楽しげに笑う。何がおかしいんだ君は…とうんざりした様子で呟いた後、青木はもう一度、今度は強めに益田を蹴った。
end.
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