僕たちは、互いに恋愛感情など持ち合わせていないはずだったのだ。 「辞めます」と、苦笑すら浮かべて宣言した僕を苦々しく見つめて、山下さんは小さく頷いた。
「そうか」
たった一言。それだけで、今まで築いてきた関係はいとも呆気なく崩壊する。 いや、関係なんて元々存在しなかったのかもしれない。単に僕たちが――僕が、勘違いしていただけで。
「名残を惜しんでくれたりは、しないんですかね?」 「…君が自分で決めた事だろう。私にどうこう言う資格は無いよ」
にべもない。 一体僕たちは、何のために身体を繋げたりしていたのだろう。馬鹿馬鹿しくなって、少しだけ泣きたくなった。 山下さん。貴方は僕のこと、一体何だと思っていたんですか? 「悲しい」だとか「切ない」だとか、そんな感情が芽生えてしまった自分が、なんだか酷く滑稽だった。
「さようなら山下さん。今まで、ありがとうございました」
空々しい言葉で締め括る。 山下さんの応えは無い。ただ不自然に揺れた肩と、ぎゅっと寄せられた眉間に、わずかばかり彼の心情を汲み取る事が出来た。
嫌悪と後悔と、小さな罪悪感。
大体そんな所だろう。僕だって、愛している行かないでくれなんて言われても困るだけだ。 これは当然の反応。どんな形にせよ、こうした終わりがやってくるのは初めから承知していた。だから。
「…じゃ、僕はこれで失礼します」 「ああ」
だから言わない。僕たちに相応しく無い言葉は、きっちり殺してしまうべきだ。そうしなくては、お互いに立ち行かなくなってしまう。 存在してはならない、殺された言葉が、僕に小さな傷を遺して消える。 いずれ癒えるであろう、本当にささやかな傷だ。
山下さん。 多分僕は、貴方のことが好きだったんです。 多分僕は、貴方に好かれたかったんです。
end.
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