京極 | ナノ


 狭い布団の中、隣にひたりと寄り添っていた温もりが離れた事に、青木は気づいていた。
 まだ夜も明けきらない時分、情を交わした男が衣服を身に着ける気配がひっそりと伝わってくる。
 呼びかけて、何をしているのかと尋ねるべきなのだろう。つい数時間前まで同衾し、睦みあっていた相手だ。常識的に考えれば、女にするように優しく声をかけて、再び布団の中に連れ戻すのが普通なのだろう。しかし、益田は女ではないし、恋人でも無かった。
 益田は青木の恋人ではない。
 では何なのだろうと、青木は考える。お互い不毛な想いを抱えるもの同士、慰めあっているのは確かだ。そこに何かしらの意味を見出そうとしている事に、青木は目を瞑っている。見出そうとしている行為自体に、どうしようもない嫌悪を感じている。
 青木の恋愛の定義は四角四面に、厳格且つ分かりやすく決められている。その枠を少しでもはみ出したなら、それはもう恋愛ではない。だから、益田との関係はそんな甘いものではないのだと、もっと即物的で醜いものなのだと、青木はそう思う。
 恋愛は美しいものだ。相手を慈しみ、守り、暖かな絆を繋いでいくような。それを一緒に築いていく相手は、きっと益田ではない。
(そうだ、君であるはずがない)
 無意識に握りしめていた拳をそっと緩める。何度も抱いた身体の暖かさが消えてしまったような気がして、青木は小さく舌打ちした。
「……青木さん?」
 その音を耳ざとく聞き取った益田が、少し戸惑ったように青木の方へ振り返った。
「青木さん、起きているんですか」
 そろそろと近づく気配がして、すっかり冷えてしまった肩に、布越しに手を置かれた。
 じかに触れていた時と違って、それはとてももどかしい感触だった。手を伸ばせば、きっと彼は何の抵抗もなく、再び腕の中に収まるのだろう。それが疎ましく、悔しかった。
「知らないふりをしていたんだ。その間に出ていけばよかったのに」
「…あおきさん」
 そういう言い方をされると、出ていきたくなくなるでしょう。
 呟いた益田の声は可哀相なくらいに掠れていた。他の男を胸の中心に据えたまま、なんて人間だと、青木は内心で毒づく。
 益田の本心など青木は知らないし、分かりたくもないと思っている。実際、今後それを聞く事など絶対に無いだろう。
 ただ、人の心の機微について、益田は少なくとも青木よりは寛容だった。だから。
「ねぇ、また布団、入れてくれますか」
 益田の硬い声を、青木は敢えて無視した。







end.



つむじまがり(青益)



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