京極 | ナノ

※青益現代パラレル








「デートに行きましょうよ」

 そう言って誘った時の青木さんの顔は、ちょっと見ないくらいに面倒くさそうなしかめっ面だった。
「どうして」
「どうして、って。あなた年末年始は完全に僕を放っておいて、その言い方は無いでしょ」
「それは仕事が…」
「分かってますよ」
 彼が仕事で忙しかったのは理解している。しかし、そうは言ってもカレンダーはもう2月に差し掛かろうとしている。遠距離恋愛というわけでもないのに、いくらなんでもひと月近く音信不通というのは酷い。しかも、ようやく会えたかと思えば早々と部屋に連れ込まれ、挨拶もそこそこに組み敷かれた。
 連日の勤務明けで色々と溜まってはいたんだろうけれど、会話も無いなんてあんまりだと思う。いい加減にしてくれという不満を込めて、僕は軽く彼を睨みつけた。
 先ほど風呂から上がってきたばかりの彼は、スウェットの上下に首からタオルを下げた、随分無防備な姿をしていた。生乾きの前髪が額に張り付いていて、元からの童顔が更に幼く見える。
 上気した頬がつやつやしていて何だか可愛い。つい和みそうになるのをこらえて、僕は冷蔵庫からビールを二本取り出すと、わざと大きな音を立ててテーブルに置いた。
「お、ありがとう」
「どういたしまして!」
 君は妙なところで甲斐甲斐しいよなぁ、なんて言いながら青木さんはビールを煽る。上下する喉の動きを無意識に目で追っていると、「何を見てるの」と、にやにやした顔で問いかけられた。
 以前はこんな顔しなかったのに。彼の、こういう意地の悪いところが嫌いだ。
「別に、何も見てやしません。青木さん自意識過剰なんですよ、そういう事ばっかり…」
「へえ、本当に何も見てなかった? 益田君」
「……」
「ねぇ、ますだくん」
 段々と甘くなってくる声に堪らなくなる。付けっぱなしにしていたテレビから、煩いくらいの笑い声が聞こえてくるのがやけに耳についた。ニュース番組はいつの間にか、バラエティに変わっていたらしい。
 せわしなく視線を泳がせる僕に小さく笑って、青木さんがテレビの電源を落とした。
「うそつき」
「何が…」
「自分だって欲しかったくせに。僕ばかりさかってるような言い方は酷いよ」
 あけすけな言い草に眩暈がした。
 絶句している僕の隙をつき、青木さんは身を乗り出して僕の唇に自分のそれを重ねた。子供みたいなキスに頬が熱くなる。かすかにビールの味がして、それが余計恥ずかしさに拍車をかけた。
「何なんですか、もう…っ」
「デート」
「え?」
「いいよ、デート。行こう。君はどこに行きたい?」
 ついさっきまでテーブル越しにキスをしていたのに、彼はじりじりと僕の傍らまで移動してきていた。デートに行きたいとねだった直後は確かに面倒くさそうな顔をしていたくせに。いや、多分面倒くさいのは今も変わらないんだろう。証拠に、僕に語りかける彼は「仕方ないな」とでも言いたげな苦笑を浮かべていた。
「…いいんですか。本当は面倒なんでしょ、知ってますよ」
「うん、まぁね」
 青木さんは悪びれずに肯定する。鼻白むこちらを全く無視して、そのまますっぽりと腕の中に僕を収めてしまった。石鹸の匂いと彼の匂いがふわりと香って、なんともいえない気持ちになる。
 当たり前の事だけれど、彼が自分と同じ石鹸とシャンプーの匂いをさせている。それだけの事なのに、意識してしまうともう駄目だ。
「い、嫌ならいいんですよ。ちょっと言ってみただけですから、僕は、」
「本当はね、どこにも行かずにずっと君とこうしてたいと思ってたんですけどね。でも、まぁ、いいよ。君の希望も聞いておかないと、愛想を尽かされたら困る。でも、その代わりに…」
 今日は沢山させてください、という言葉は直接僕の耳元で囁かれた。
「あ、青木さ」
「君の行きたいところ、考えててくださいね。明日を逃したら、休みはまた先になるから」
 それだけ言うと、青木さんはもう行為に没頭し始める。さっきもしたのに、とか、風呂に入ったばかりなのに、とか、そんな事はおかまいなしだ。本当に自分勝手な人だと思う。
 そして当の僕はといえば、明日の行き先の選択肢が浮かんでは消えて、結局その思考を放棄したのだった。







end.



明日はどこに行こうか(青益)



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