京極 | ナノ


※青益現代パラレル。職業はそのままです。





 元々僕の彼氏はノンケだったし、いつかは捨てられてしまうのじゃないか、とは思っていた。
 というか、捨てるだの捨てないだの、そんなレベルの話ですら無いのかもしれない。ただ僕がひたすら迫って挙句の果てに無理やり乗っかって、彼がそれに反応してしまっただけ。ただそれだけの関係なのだから。
「彼氏とか。笑える」
 ぽつりと零した独り言は、年末の賑わう雑踏の中に紛れて消えてしまった。幸せそうなカップルだとか家族連れだとか、みんな居なくなってしまえばいいのに。特に女の子。消えてしまえ。

 きっかけは些細な事だった。久しぶりに一緒に出掛けたのに、彼がそっけなかったり。女の子を目で追ったり。この点について彼は否定したけれど、僕は猜疑心の塊なのでどうしようもない。ここは否定して逆切れするのではなく、「心配させてごめんね」と優しくあやしてくれるのが正解だった。まぁ、彼にそんな芸当できるはずもなく、今僕はここでこうして、街頭に一人置いてけぼりを食らわされているわけなのだが。
 僕を通り過ぎていく楽しげな声や顔がやけにきらきらしていて、惨めさに拍車をかける。僕だって、今日の朝までは確かに同じような顔をしていたはずなのに。どうにもやるせなかった。
 それにしても勿体無いことをしたな、と今更になって後悔が込み上げてくる。せっかくの非番だったのに。
 警察官の彼は忙しく、中々僕と会ってくれない。探偵事務所勤務なんて、胡散臭い仕事をしてる僕とは正反対の彼は、連絡を取るたび嫌そうな態度で僕に接する。
 もう少し、優しくしてくれたって、いいのに。
「青木さん…」
 小さく彼の名を呟いた声は、自分でも笑えるくらい震えていた。
 分かっている。自業自得だ。彼は彼なりに僕に応えてくれたし、抱いてくれるし、今日だって、こうして一緒に出掛けてくれたし。それなのに僕はあんな醜い嫉妬をして。どんなに頑張っても、僕は女の子にはなれないのに。ああ駄目だ、泣きそうだ。
 とうとう我慢の限界がやってきて、僕の視界がじわりと滲んだ。一度箍が外れてしまうと、後はなし崩しだ。みるみるうちに涙が目の縁に溜まり、やがて頬を伝ってぼたぼたと地面に落ちた。
 しかし流石に大の男が往来でみっともなく泣いてるのを周囲に悟られたくなくて、思い切り下を向いて顔を隠した時、俯いた視線の先に見慣れた靴の先が見えた。
「ちょっと…益田君、何やってるんだい」
「青木さん」
 苛つきを抑えた、呆れ交じりの硬い声。僕の好きな、彼の、青木さんの声だ。
 勢いよく顔を上げた僕の視界いっぱいに、その声色を全く裏切らない、鬱陶しそうな青木さんの顔があった。
「え、青木さん、だって…僕の事置いて」
「置いていってない」
 ぶっきらぼうに言葉を遮って、青木さんはテイクアウトしてきたであろう、コーヒーショップのカップを僕の手に握らせた。温かい。
「何ですか、これ」
「君、ちょっと落ち着いた方がいい。店に入ろうにも混んでるからね。買ってきました」
 それだけ言うと、彼はくるりと踵を返し、早足で歩き始めた。カップの中身が零れないように注意しながら、僕もあわててその後を追う。ずんずんと前を歩く彼は一言もしゃべらない。進む先が二人で乗ってきた車を停めてあるパーキングだと察した瞬間、僕は絶望的な気持ちになった。ああ、やっぱり帰ってしまうのか。そりゃ、こんな雰囲気じゃ無理もないけど。だけど。
 為す術も無く彼の後に続く。愈々パーキングに到着した時、僕は混乱状態の頭を何とか回転させて、その背中に話しかけた。

「ね、ねぇ…青木さん」
「何です」
「すみませんでした」
「何が」
「僕が青木さんに頼んで一緒に居て貰ってるのに、本当に、すみません」
「だから、何が」
「いいんです、別に青木さんノンケなんだから、僕は何番目でも、文句言いませんから」
「僕は!」

 急に足を止めて振り返った青木さんは、何だか凄く怒っていた。僕は意味が分からなくて、ようやく引っ込んだ涙が再び込み上げてきた。彼はポケットから出しかけていたキーを一度しまい、恐い顔のまま僕に近づいてくる。

「僕はね、益田君。一度に複数の人間と付き合うような、そんな面倒な事はしません」
「え、ど…」
「後、他の人間を見てもいません。くだらない事ばかり言ってると、今度こそ殴りますよ」
「すみません、意味が分かりません…」
「煩い。泣かないでください、面倒くさい」
「すみませ」
「もういいから、さっさと帰りましょう。ここじゃ抱き締めてもやれない」
 怒っているのだとばかり思っていた顔が、ほんの少し赤みを帯びる。ばつが悪そうに曲げた口元が可愛い。照れているのだと理解した瞬間、僕の頬にもぶわっと血が昇るのを感じた。
「なん、何なんですかぁ」
「いいから」
 ぐいと掴まれた腕から温かさが伝わる気がして、僕は結局泣いてしまった。


 こんなんじゃ自惚れてしまう。すみません、青木さん、やっぱり僕はあなたが大好きです。










end.



年末の話(青益)



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