些か酒量が過ぎたとは、青木自身も思っていた。
最近では、鳥口を含め三人で飲んだ後、彼が最後まで残ればそのまま解散。先に帰れば、どちらからともなく己の部屋へと誘い、情事に雪崩れ込むのが習慣となっていた。 それは青木の部屋である場合もあれば、益田の部屋である場合もあった。ただなんとなく、その場の空気に流されるまま。 言葉に出さずとも雰囲気でそれを察する辺り、相性は良いのだろう。つくづく皮肉な話だと、青木は押し倒した益田を見下ろしながら舌打ちした。 「何ですかぁ、こんな時に別の事考えないでくださいよぅ」 酔っ払い特有の、ふわふわした口調で益田が下から文句を言う。色づいた目許はそれなりに劣情を誘う。猫のように細められたそれは笑みの形に歪められて、無言のままの青木を見つめた。 「違うよ、君の事を考えてた」 「え」 意外そうに片眉を上げる益田を前にした途端、青木は何ともいえぬ加虐心に駆られた。彼を傷つけたい。傷つけてみたい。自分の言葉でも、そんな威力があるのだとするなら。 「僕の事、ですか」 「そうだよ、身体の相性だけは良いよな、僕達は。心は伴わないのに…」 努めて無表情でそう言ってみる。ひどく冷徹に見えるであろうその顔をまじまじと見返しながら、益田は青木の予想に反し、泣きそうな顔でこちらを睨みつけてきた。どうせあの下品な笑いで一蹴するのだろうと思っていたから、青木は少しだけ焦る。 それまで安心しきって身を任せていたくせに、益田は急に青木の胸を押し返して、そこから抜け出そうとしてきた。振り上げた腕が頬をかすめ、青木はぐっと眉を寄せる。 「ちょっと、益田君」 「…っ、嫌です、触るな」 顔を背けて拒絶される。あからさまな態度と「触るな」の一言で、青木は一気に不機嫌になった。 「随分な言い草だね、初めてでもあるまいし」 逃げを打つ身体を無理やり引き戻し、先程よりもきつく拘束する。益田は暫く抵抗を続けていたが、そのうち諦めて大人しくなった。 首筋に噛み付きながら衣服を剥ぎ取り、彼の骨ばった裸体を容赦なく晒す。露になった鎖骨に不思議なほど煽られ、青木は何度もそこに鬱血の跡を残した。決して魅力的とはいえない身体だ。それなのに何故、こんなにも欲情するのか。 「本当に、どうして…」 独り言めいた呟きに、益田の肩がびくっと揺れる。華奢なそれが、そのまま小刻みに震えだしたのを目にして、青木はようやく彼の異変に気付いた。 「え、益田君。泣いてるの?」 「……泣いてません」 背け続けていた顔を無理やりこちらに向かせると、案の定益田の目には涙が溢れていた。流石に動揺して、青木は益田の頬を伝うそれを乱暴に拭った。 「何、どうして泣くの。いつもはこれくらいじゃびくともしないくせに」 「煩い、煩いですよ。今日は何か駄目なんです……」 頑是無い子供のように、益田は涙でくしゃくしゃになった顔を青木の胸に押し付けてきた。 「ちょ、益田君」 「本気なんですか、さっきの」 小さく震える声で、そう問われた。一瞬何の事か分からなかったが、すぐに先程の軽口の事だと合点がいった。遠慮がちに問いかける。 「ひょっとして、ショックだった、の?」 「……」 ふるふると、益田の頭が横に振られる。それでも顔は青木の胸に押し付けられたままで、その反応が嘘であるという事くらい、鈍い青木にも容易に分かってしまう。分かってしまったからこそ、愈々青木は反応に困ってしまった。けれど、自分の腕の中で震えている男をめちゃくちゃに抱き潰したいという欲求が、その困惑を遥かに凌いでいた。 「…ねぇ、益田君、顔を上げてくれないか」 「嫌です」 「でも、そのままじゃ続きが出来ないよ」 「なっ…」 この期に及んでまだ進むつもりなのか。あまりに理不尽な言葉に抗議しようと思わず顔を上げてしまった益田は、図らずも恐ろしく優しい顔をした青木と、至近距離で見つめあう事になった。 「な、んで、そんな顔してるんですか」 「そんな顔ってどんな顔」 「ええと…」 口篭ってしまう益田が無性に可愛らしく思えて、青木は泣き過ぎて赤くなってしまった彼の鼻先に、思い切り優しく噛み付いた。 「青木、さんっ…」 「やめないよ。もっと泣いてもいい。全部見せて」 熱っぽく囁く。自分でも何を言っているのか、と笑い飛ばしたくなる。 酒量が過ぎたのだ。自分も、益田も、と、無理やりそう結論づけて、青木は本格的に目の前の男を犯しにかかった。
「あっ、あ、あ、あ、…っ」
ひときわ切ない声を上げて、益田が昇りつめた。射精の余韻でぐったりと布団に身体を投げ出した益田を、青木は繋がったままぎゅうと抱き締める。 「離してください、汚い…」 「どうして?今更だろ、君が出したの、僕にまで飛んでる」 「あ…」 先程飛び散った精液が、互いの腹を汚している。青木は無表情でそれを指先で掬うと、ねちねちと益田の目の前で見せ付けた。言い様のない羞恥に、益田の頬が赤く染まった。 「ごめ、ごめんなさ…」 「いっぱい出したね」 含み笑いの気配を感じて、益田は俯いたまま顔が上げられなくなった。はしたないと恥じ入っているというよりは寧ろ、青木に対しそこまで乱れる己の身体の素直さが、どうしようもなく情けなかった。 「ねぇ、そんなに良かった?」 「も、もういいでしょ、そんなの…!」 「駄目だよ、僕はまだいってないのに」 「んあ…っ」 ぐい、と腰を押し付けられ、益田は再びのけぞる。そのまま再開された抽挿に、後はもうただ翻弄されるしかなかった。 「やだ、やだ、あ、や…また…っ」 「いいよ、今度は一緒にね」 こめかみにキスされ、普段の爽やかな顔からは想像も出来ない程、卑猥な動きで腰を打ち付けられる。奥を抉られるたび、悲鳴に似た声を益田は上げた。 「ひっ…ぁ、だめっ、あおきさ…そこ、いやっ…」 「嫌じゃないでしょ。ほら…ね?奥ぐりぐりされるの好きでしょう、君」 「なんっ…もう、あァ…っ」 押し入られ、内部をぐちゃぐちゃに犯される感覚に目眩がした。密着したそこからジャリ、と陰毛が擦れる音がする。次第に速くなっていく動きに、益田は揺さぶられるまま翻弄される。 荒々しい吐息が益田の耳を犯す。いつも冷たい態度ばかり取ってくる男の淫らな変貌に、益田はいつもついて行けない。それなのに、身体は順応してしまうのが情けなかった。 何度身体を重ねても、自分と同じ男に犯されているという事はどうしようもなく屈辱的な事実であり、違和感は消えない。しかし、そんな事が気にならなくなるほど圧倒的な感情が、青木に抱かれるたび益田の理性を崩しにかかる。 とろとろに溶けた内側を、張り出した男性器で擦り立てられると、大きく腰が跳ね上がった。青木は動きを休める事なく、益田の前に手を伸ばす。後ろと同時に刺激されると、どうしようもなく感じた。 絶頂が近づき、無意識に中を締め付けてしまう。青木のそれが、一瞬ドクンと脈打つのを感じた。 「益田くん、益田くん。…っ」 静かに名前を呼ばれた後、身体の内側をしとどに濡らされる。熱く広がった感覚に、益田もぶるりと身体を震わせ、二度目の欲を吐き出した。
「なんで、こんな事…」 泣き腫らした目を隠すように両腕で顔を覆った益田をじっと見つめ、青木はひどく愛おしげに「知りませんよ」と告げた。そんな言葉では到底足りない。 恨めしそうに腕の間から睨みつけてくる益田に苦笑をこぼし、青木はその身体を無理やり抱き込んだ。抵抗を抑えて足を絡めると、しっとりと汗ばんだ互いの肌が密着する。不快であるはずのそれが、今は無性に心地よかった。 「いいでしょう。たまには、こういうのも」 「答えに、なってません…」
知りませんよ、ともう一度呟いて、青木は今度こそ口を閉ざす。諦めた益田は小さな溜息をこぼし、その広い胸にぎゅうと抱き付いた。
end. |