例えば、僕が貴方の最愛の人だったとしたら。 時々、想像してみるんです。 今の身分を抜け出して、貴方の隣に立つ権利を得たとしたら? 貴方の愛情を独り占め出来るとしたら? 埒も無い夢を見て、すぐに現実に引き戻される。 分かっています。莫迦な事をしているという自覚は、あるんですよ。
ああでも。それでも。
灰色に沈む僕の心を、貴方は一瞬で極彩色の世界にすくい上げてくれるのです。 その瞳に囚われて動けなくなることさえ、僕にとっては幸せなのです。 僕の世界を崩壊させた人。 色々と破天荒な人ではあるけれど、案外貴方が優しい事を、僕は知っている。その優しさに縋って、僕はまさに今、こうして生きているのだから。
だけどそんな貴方を神格化して、その偶像を僕は愛した。
許してください。 愛を求めることはしません。それは余りに身勝手というもの。
分かっている。分かっているんです。だからどうか――…
「愚かだな」
酔い潰れて眠ってしまった益田を眺めながら、青木は冷ややかに呟いた。意外に物が少なく、片付いているというよりは殺風景な益田の住処。古いストーブの火が消えかかっている。 いつもの三人で久しぶりに飲んだ後、先に帰ってしまった鳥口をなじりながら、その日は珍しく二人で飲みなおした。 冷静な判断能力がその時の青木に残っていれば、当然断っていたはずだった。酔っていた。 今はもうすっかり醒めきった頭で、青木は己の短慮を今更ながら後悔している。
「君はなんて愚かなんだ」 明らかな侮蔑を込めて言う。 青木は眉間に深い皺を刻んだまま、酔いに任せて本音を吐露して沈没した益田の頬にそっと触れた。冷たい。 とっくに知っているのだろうに、益田は気付かないふりを続けて道化を演じている――神を慕いながら。 神が欲しているのは、いつだって一人だけだというのに。 ふらりと、青木の脳裏にあの黒衣の死神がよぎった。 あの二人は常に互いを支え合っている。唯一無二の存在なのだ。益田の入り込む余地など全く無いというのに、よくもまぁ飽きもせずこの男は…。 そこまで考えて、青木は益田の言葉をふと思い出す。
「分かっているんです」
どこか壊れたような、泣き笑いのような表情。けれどそれが青木の目には、とても満足気に映った。
「…まぁ、君にはお似合いなのかもしれないな」
青木は触れていた益田の頬から手を離して、静かに目を伏せた。 傍らに置いてあった煙草に手を伸ばし、一本取り出して火をつける。ツンと鼻をつく燐の残り香の後、仄暗い室内に虚しい紫煙が立ちのぼった。
end.
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