抱いてやる気もないのに所有物扱いするなだとか、変に心配なんかするなだとか。 それに対して馬鹿みたいに分かりやすく反応するな、だとか。
それは僕個人の感情であって、君には関係ない。君に告げる必要も無いのだ。 告げたところで何も変わりはしない。結局、君自身の想いはそのままあの人に捧げられるのだから。
「益田君」
俯く横顔には彼の長く伸ばした前髪がかかり、その表情は伺い知れない。 そっと頬に触れると、その貧相な肩が過剰なほど震えた。
「益田君」 「何ですか、何…」
怯えるように泳がせた視線を縫い留めてしまいたい。僕は心のどこかで、彼を手に入れたいと望んでいるのかもしれない。 そう予想しただけでぞっとする。気持ち悪い。どうしても認めたく無かった。
「君はさ、」
ゆっくりと言葉を選びながら、頬に添えた手を首、鎖骨、胸へと撫で下ろしていく。上下する喉の動きに、言い様の無い興奮を覚えた。
「結局君は、あの人を欲しがる事も、諦める事も出来ずにいるんでしょう。だから、こんな所で、こんな事をしている」
「青木さん」
独り言に近い僕の呟きに、益田は思いの外強く反応した。 触れていた手をふいに掴まれ、きつく睨み付けられる。小さな動揺を押し殺して黙りこんだ僕を真っ直ぐ見つめて、彼は言った。
「逃げてるのは貴方でしょう。何も知らないふりをして。狡いのは貴方だ」
珍しく吊り上げられた眉と、その下にある瞳が泣きそうに歪んで、普段からひ弱に見える彼の顔を更に情けないものにしていた。 僕はかける言葉が見付からず、やがて彼の目からポタリと落ちた水滴を、ただ呆然と眺める事しか出来なかった。
「狡いです。僕は何も言ってない。貴方が勝手に解釈しただけだ」
硬質な声音で囁かれたそれは、予想以上に甘く、蠱惑的ですらあった。途端訪れた衝動のまま、僕は彼の手をきつく握り返した。 驚いて身を引こうとする仕草に苛立ち、逃がすまいと力を込める。そのまま骨がきしむ程強く腕の中に抱き込むと、彼が小さな非難の声を上げた。
「ちょ…青木さんっ」 「どうして泣くの?」
自分でも驚くほど甘ったるい声が出て、知らず苦笑が漏れた。逃れようと抗う身体を更にきつく拘束し、細やかな抵抗すら奪う。
「ねぇ、益田君。それは誰のための涙なのかな。榎木津さん?それとも他の人間?」 「も、やめてください」 「どうして?答えられない?」 「だから…っ」
だから、何だ。
ふいによぎる、困惑とも恐怖とも知れない感情に目眩がする。 我ながら「ここまで来ておいて」とは思ったけれど。 焦れたように開かれた唇を、僕は自らのそれで塞いだ。
end.
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