執筆作業に飽きて縁側に寝転ぶと、突き刺すような日差しが容赦なく私の目を焼いた。たまらず瞼を閉じる。 日の光が薄い皮膚を透かして視界を紅く染めた。色濃い夏の匂いに、鬱々とした気分が否応なく甦る。 額から吹き出る汗も、胸の内にわだかまる焦燥感も、全ては一過性のものだと分かっている。しかし、辛いものは辛い。 内面ではこんなにも葛藤しているというのに、傍からはただ呆けているようにしか見えないのだから、皮肉な話である。
「夏バテですか」
私の額へ濡らした手拭を当てながら、いつの間にか傍らに正座していた雪絵が上から見下ろしてくる。その背中越しに、室内の天井の染みが見えた。 古惚けた木目の様子がもの寂しく、彼女の儚げな笑顔にやたらとよく似合っていた。
「雪絵――お前、仕事は」 「え? 今日はお休み」
ふふ、と笑って応える。私は自分の発した問いが酷く情けないものである気がして、独り赤面した。何が「仕事は」だ。それは寧ろ、彼女が私に言いたい台詞だろう。いたたまれない。
「すまない」
呟いたきり黙りこんだ私の視界がふいに暗くなる。その後、柔らかな感触が頬に落とされた。
「な、ゆき、」 「タツさん汗かいてる。しょっぱい」
そう言ってはにかむ彼女の頬が、微かに桜色に染まっていた。その顔を見た途端、言葉にならない愛しさが込み上げ、同時に申し訳なさで消えてしまいたくなった。この女は、私のような卑小な人間に無償の愛を注ぎ続けている。 私だって、私なりに彼女を大切に思っている。それは間違いが無いのに。 (どうしたら報いることが出来るんだろう) 再び目を閉じた私の髪を、彼女の指が優しく梳く。それが怖いほど心地よかった。 時に私を追い詰める、愛情に満ちた腕。その柔らかな感触を確かめるように手を重ね、私はゆっくりと眠りに落ちていった。
end.
|