京極 | ナノ



 僕は誰が好きなんだろう



 と、いうのは、もう幾度となく自分へと問い掛けた質問だった。僕は随分と長い間、自らの気持ちと向き合わずに諾々と日々を過ごしている。
 何を避けているのか、見ようとしていないのか、それすら分からない。ただ少なくとも、僕の「恋愛対象」が、今まさに組み敷いているこの男でない事だけは確かだ。
 確かだと、思う。

「益田君」

 乾いた声で名前を呼ぶ。
 ぼんやりと、あらぬ方向へ目をやっている彼の意識を引き戻そうと、少し強めに首筋へ噛みついた。薄い皮膚に犬歯が食い込む感触をたっぷり楽しんでから、労るようにそこを舌で愛撫する。呼応するように、彼の肩がびくりと震えた。

「青木さん…痛いですよ」
「こんな時ぐらい集中したらどうだい」

 そう言いながら繋がった部分に指を這わせると、彼は小さく声をあげて僕を睨んだ。分かりきった反応だ。予定調和という言葉がよく似合う眼差しだった。

 貧相で、骨ばった身体は明らかに女のものとは違う。そして、僕が憧れてやまないあの人とも多分違うのだろう。
 僕はふいに切なくなって、その唇に口づけたい衝動に駆られた。

「……」
「青木さん」

 押し黙った僕を見上げて、益田が笑う。きゅっと細めた目許が赤く染まって、まるで泣きそうな顔に見えた。


 何かが揺らぐ。それが嫌で嫌でたまらなくて、もう一度無意識に問いかける。
 僕は誰が好きなんだろう。
 彼は誰が好きなんだろう。


「僕はあなたが好きですよ」


 静かに告げられた言葉の真意を測るつもりは無い。ただ、そう呟いたきり強く引き結ばれた唇に、僕は先程感じた衝動のまま口づけた。






end.



melt(青益)



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